雪月のバーバチカ
□マヨネーズと仏頂面
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女中の仕事は、屯所内の簡単な清掃や食事作りと言った、思っていたよりも普通のもので、私は安心した。
一応一人暮らしだったため、料理は出来る。兵士さんはどういう料理を好むのかわからないが、そこは教えて貰いながら作るとしよう。
お妙ちゃんが言っていた通りに、女中は人手不足だった。この前来たときに廊下であまりすれ違わなかったのは、皆ご飯作りに駆り出されていたため、と後から聞いた。
着なれない着物を身にまとうと自然と背筋も伸びる。髪を後ろにまとめて、身なりを確認すると、まぁ化ける化ける。
(…女中っぽい!)
まず初めに、買い出しから頼まれた。手元の紙を見ると、“マヨネーズ30本”とだけ書かれている。そんなに料理でマヨネーズを使うのだろうか。首をかしげて、私はとりあえずマヨネーズを買いに行った。
「すいませーん!マヨネーズ30本ください!」
「あんた、真選組のとこに新しく入った子かい?苦労するねぇ」
私が、声を掛けると、箱いっぱいにマヨネーズを入れたおばさんが店の奥から出てきた。真選組って毎回こんなにマヨネーズを買っているのだろうか。
「お、重い…」
箱いっぱいのマヨネーズを抱えると、30本分の重みはたいしたもので、結構足腰に来る。
「これ全部あの副長が食べるんだろ?いやーこちらとしては大助かりなんだけど、流石にこの量はねぇ」
「――え?」
副長ってことは、土方さんがこれを全部食べると言うことだろうか。意味が分からない。顔に似合わないというか、あの土方さんがマヨネーズを食べるとかシュールすぎてもう笑えない。
「一週間分で30本だもんねぇ、まぁ、めげずにまた来てくれよ」
「嘘、これで一週間分…?」
30本を一週間ってどういうことだろうか。まったく意味が分からない。っていうか本当に土方さんがこんなにマヨネーズを食べるのだろうか?どっちかっていうと醤油的なイメージがあったのだが。
「あ、ありがとうございました…」
店を出ると大きなダンボールを持って歩く私は目に付くわけで、それの中身が全部マヨネーズとかいっそ死にたいくらい。
(っていうか、江戸にマヨネーズなんてあったのね…)
私じゃないです。私がマヨネーズこんなに食べるんじゃないんです。違います。
屯所の付近まで行くと、パトロール中の土方さんにばったり会った。神出没だなーと思いながら会釈をすると私の持っているダンボールを認識した土方さんはずんずんと私の方へ向かってきた。
(えっ…何…!?)
「お前そのダンボール、もしかして…」
私の前で立ち止まると、ダンボールを覗き込む。そういえば、この中身は30本のマヨネーズだったな。一週間分の。
「マヨネーズ、ですけど…」
「丁度いい、一本寄越せ」
「えっあ、はい、どうぞ」
マヨネーズを受け取ると土方さんは懐に大切そうにしまい込む。その光景をじっと見ていると、土方さんはその視線に気付いたらしく、「なんだ」と仏頂面で言った。
「こ、このマヨネーズって、全部土方さんのですか…?」
「…?ちげェのか?」
「あっいや、多分そうです。土方さんの…」
(土方さんのマヨネーズ…)
なんかもう訳が分からなくなってきた。
「マヨネーズ、お好きなんですね」
「まぁな」
そう言ってタバコに火を付ける土方さん。よく見ると、そのライターまでもマヨネーズの形をしていた。どこでそんなものが売っているのだろうか。
かなりシュールな光景が目の前にはある。
ハッと気が付くと、そろそろ日が暮れるではないか。帰りが遅いと何か言われてしまうかもしれない。
「そ、それじゃあ…また」
「おう」
「お仕事、頑張ってください…、マヨ方さん」
(…ん?今、なんて…)
自分がなんか変なことを口走ったと思って、今何を言ったか思い出す。すると、私の顔はどんどん青ざめていった。
「はァ?」
「あっ!すみません土方さん!あまりに衝撃的すぎてマヨネーズと土方さんが混ざってしまいました!」
そう言って逃げるように私はその場から立ち去る。土方さんが少し怒っていたが、それはアレだ。マヨネーズなんか持ってるからだ。マヨネーズが悪い。
紛らわしい事をした土方さんもよくないのではないか。否、今のは言い過ぎた。私が悪い。違う、マヨネーズが悪い。
(なんかよくわかんなくなってきた)
屯所に転がり込むように戻ると、最年長の藤さんが、私の帰りを待っててくれた。
「ごめんなさいねこんな大荷物。大変だったでしょう?」
「いいんですいいんです、マヨネーズくらいどうってことないです!」
ダンボールからマヨネーズを取り出して、マヨネーズ専用冷蔵庫に並べていく。今はマヨネーズが凄く憎い。さっきは土方さんに切られそうな勢いだった。腰に刀もあるし怒らせるなんてしたら危ない。
私は30本(正確には29本)のマヨネーズと格闘しながら、この日は終わった。
「お疲れ様でさァ、マヨ方さん」
「…総悟…、テメェ聞いてたのか…」
パトロールを続行しようとしていた矢先、真選組一の問題児と出くわす。この時間はこの区域じゃない筈の奴はどうしてこう、いいタイミングで現れるのか謎だ。
「ありゃ、なんですかィ?新しいマヨネーズ生産機とか」
「例の女中の手伝いの女だ」
「ふーん、あれが…」
「…早く仕事に戻れ」
「へーいへい」
総悟はそう言って屯所に向かって歩いていく。
いや、そっちじゃねぇだろ。今日は7時まで見回りだろ。また、俺の仕事が増える。
ワケありの小さな赤い花。
(…なんなんだよ)
(マヨ方さんって)