君の手を引いて走れ!

□サッカー編
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程よい緊張感の漂っているフィールド。芝を踏むとスパイクの裏側では人工芝の音がする。色々な思いがある今回の試合もあの世宇子中との決勝へ1歩1歩と踏み出す大切な試合だ。


必殺技に少し不安なところもあるが、各自で力を付けてきたので心配はしなくても大丈夫だろう。今回も必ず勝つ。


各自のアップも終わって後20分もすれば試合開始か。そう思って時計を見た後にふと入口のところを見ると、隣の席のアイツがひょっこりと顔を出した。



11.5

『今回の試合は、なまえを誘ってみたんだ!』

そう円堂に言われたのはこのスタジアムに入ってすぐの時。円堂にサッカーはやらないと彼女が宣言したのがつい最近でそれを耳に挟んだ俺は流石に彼女が来ることはないだろうと思っていた。


みょうじは少し顔を出してフィールドをキョロキョロと見ると、青い顔をしてすぐ顔を引っ込めた。もしかして迷ったのだろうか。一瞬のことだったから彼女を見ていたのは自分しかいなかったらしい。時間はまだあるので少し抜けても大丈夫だろうと入口を目指す。


人工芝からコンクリートに変わった地面を踏むとスパイクの歯が当たってジャリッと音がした。小さな背中を丸くして階段に座っている辺り、きっと動けないでいるのだろう。


どうしようか迷った挙句「おい」と声を掛けて肩に手を置くと、みょうじはかなり驚いたようで逃げ出す勢いだった。そのまま肩を掴んでやると立ち上がりそうになった上半身は強ばったまま顔だけこちらを向いた。


「――なんだ、みょうじは迷子か?」


そう言うと肩の力は抜けて急に嬉しそうに笑い出すものだから少し驚いて肩から手を離す。たまにコイツには尻尾が生えてるのかと思うくらい喜怒哀楽が激しいみょうじには中々慣れない。


そのままスタンドへの行き方を教えると勢いよく腰を曲げてお礼を言われた。その時に頭にあった円堂にサッカーをやらないと宣言したというみょうじと今のみょうじを被せた。


「…来たんだな」


空気を吸ったような声で「え?」と呟く彼女は顔だけ見上げるようにこちらを向いた。そのまま円堂から『サッカーをやる気がない』という事を聞いたと口にするとみょうじは困ったように笑った。


「あー、それは私が陸上部だからで…」


それを聞いて、コイツが『サッカーをやる気がない』のではなくて『サッカーをすることが出来ない』状況にあるという事が分かって少し安心してしまった。


体育の時に楽しそうにリフティングをしていた彼女を思い出して少し口が緩む。あんなに楽しそうにサッカーをするみょうじがサッカーを嫌っている理由が分からずにいたのだ。


「嫌いになってないようで、よかった」


絞り出すようにそう言いながらフィールドへと向かう。転入前から円堂に会うたび会うたび散々聞かされていた『サッカー馬鹿』が隣の席の女子と分かって驚いたが、中身はかなり変わった女子ながら実力もある選手だった。きっと彼女は自分がそんな風に言われていたことなんて知らないのだろう。


「なんで、」

「お前が、円堂も認める『サッカー馬鹿』だと聞いていたからな」


決して綺麗とは言えない治りかけの足の擦り切れた傷を見る。きっと彼女はこんな傷が残るまで男に混ざってボールを追いかけていたのだろう。女と男の差なんて無視して楽しそうにボールを追いかけている彼女を
頭に浮かべて俺はフィールドへ戻った。

















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