Get your life!(2)

□一つの名前
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第32話 


「何なのよ…これは…」

「気持ち悪いなっ、クソ!」


赤黒い、サイコパワーでできた包囲網は、蜘蛛の巣の様にベティとジュノーに絡みついていた。動けば動くほどに体を拘束するそれは、言いようのない恐怖を感じさせる。
酷くよどんだその色は、緋雨の今の瞳の色に他ならない。


「アイツ…冷静な振りして、こんなもんが内側にあったのかよ…」


ジュノーがギリリと歯を食いしばった。サイコパワーでできたそれは、術者の感情をそのまま反映する。精神に直接伝わる感情は、あまりにも生々しく、暴力的に、ふたりの中へと潜り込んでいく。


「ぐっ…」

「オイ、しっかりしろよ!へばってんじゃねえぞ!」

「うるさいわね…分かってるわよ…ッ」


ベティが苦しそうに呻く。
憎しみ。それは怨念の塊として生まれ、そのためにさまよい続ける宿命を持った彼女にとって、もっとも長く親しんだもの。


(憎イ憎イ憎イ憎イ…!)


飲み込まれそうになるのも無理は無かった。ベティは頭が割れそうな痛みを覚えた。
捨てられたぬいぐるみ。踏みにじられたおもちゃ。雨ざらしに風化されていく体。錆びついた思い出。あらゆる玩具の恨みの塊。彼女はそれでできているのだ。緋雨の憎しみに共鳴して、彼女の憎しみの一つ一つが鮮明に浮かんでゆく。ベティの瞳も、ゆっくりと光を失っていった。


(アア…)


一体の、悲しき玩具へと戻りかけたその時、ジュノーの叫びがこだました。


「オイ、ベティ!!飲まれんな!!このままだとセイラがヤベェぞ!!」

「……!!!」

(そうだ。あたしは…あたしの名は…)


あらゆる玩具の憎しみの体現として生まれた。生まれる前の怨念も、生まれた後の怨念も、全て抱えて生きてきた。


(あたしには、あたしがなかった)


それを知ったのは、「ベティ」という名を貰ってから。ひとつの生き物として、認められてから。忙しない日々の中、怖い思いもしたけれど、それでも楽しかった。そんな日々をくれたのは―――――


(あたしはベティ…!セイラ、セイラを絶対に守るわ!!)


あらゆる記憶をかき分けていく。知っている怨念、知らない怨念、すべてはこの姿に生まれた宿命。それでも。ベティの瞳は、光を取り戻していく。


「オイ、大丈夫か!?」


「ジュノー…ありがと」


ベティは顔をあげた。その瞬間に、知らない記憶の映像がよぎった。





場所は、冬山のようだ。雪がひどく積り、吹雪が吹き荒れている。
一匹の若いキルリアが、崖の下で、人間の男に縋り付いて泣いていた。


「ダン、ダン、お願いだ、死なないで…!」

「…っ」

「ダン!!」


顔を上げたキルリアの右目は、切り裂かれていた。美しいキルリアについた、見るに堪えない傷。それでも一向構わない様子で、キルリアはダンと呼ばれた男に縋る。男は全身をひどくやられていた。崖から落ちたようだった。この男は助からない、それは誰の目にも明らかだった。


「×××、無事だったか、良かった…」

「ダン、いやだ、すぐに救援を…!!」


男が呼びかけたキルリアの名前らしい部分は、ノイズがかかって聞き取れない。男は力なくキルリアの顔に手を伸ばした。右目の傷は、もう血が止まっている。命に別状はなさそうだ。男は少し安心したような、しかし申し訳ないような顔をして、キルリアの頬の血をぬぐった。


「…いいんだ。俺はもう、助からない。こんなになってしまって、かわいそうに、すまなかった…」

「ダン…、そんな…僕は、」

「惜しかったなあ…。お前がサーナイトになるの、見たかった、よ」


そう言って、男の手はぱたりと落ちた。途端に歪む視界。キルリアの悲鳴が耳をつんざいた。


そして、新たな場面が映し出される。これは、葬儀だろうか。グレッグルを連れた男が、沈痛な面持ちでキルリアの傍に立っている。キルリアの知己らしいグレッグルも、包帯の巻かれたキルリアの顔を見て心配そうな顔をしていた。


「×××、君の御主人は、本当に優秀な捜査官だった…。ギンガ団に囲まれても任務を全うして…もっと早く救援ができたら、…」

「やめて下さい、ハンサムさん」

「しかし…」

「ダンの任務は単独行動による極秘調査でした。僕がダンを守れなかっただけです」

「あの状況下では、君は悪くない。そんな事を言うんじゃない。ダンが悲しむぞ…」


その瞬間、キルリアの唯一残された左目が、ギロリと動いた。


「悲しむ…!?もうこの世のどこにもダンはいない!!僕のこの角は、もう二度とダンの感情を感じられないんだ!!僕のせいだ!!僕が弱かったから…!!」

「×××、よせ!!」

「その名前で呼ばないでくれ!!」

「…。」

「その名前のキルリアは、ダンと共に死んだ。任務を残したままの死にぞこない、これから僕は死ぬまで『緋雨』として生きていく」

「…コードネームはきみの本質と分けるためのものだ。冷静になってくれ。私の友は、きみに自暴自棄になってほしいとは思わないはずだ。少し心を休めるんだ。落ち着いたら、私の元に来るといい」


その言葉に、少しだけ赤い角が光った。しかしそれも一瞬のこと。


「お断りします。僕は…いや、俺は、一人しか主人を持つつもりはない。さようなら」

「待て…!!」


キルリアは、テレポートをして男の前から去ってしまった。





「今のは…?」

「オイ、どうした」


ベティははっとして、自分を取り巻く包囲網の一束を掬い上げた。今の映像がこの包囲網の術者のものであることは明確だった。


(緋雨…)


ベティは歯を食いしばった。


(それなら増々、この状況をなんとかしなきゃ)




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