Get your life!(2)

□完璧な執事
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第43話 完璧な執事

「おかえりなさいませ、お母様」

「久しぶりね、カトレア」

 この家の「主人」であるロザンナは、数か月ぶりに見る娘の顔に表情をほころばせた。二人は席に着き、紅茶を飲みながら他愛ない話をしている。

「能力の制御はできるようになってきたの?」

「ええ、少しずつ。だから、お母様、」

「バトルはダメよ」

ロザンナは間髪入れずに答えた。少しだけ声が低くなる。

「お父様のこと、忘れてはいないわよね」

カトレアの表情が曇った。



「困ったものね、あの子にも」

ロザンナは書斎にて書類に目を通しながら、コクランから屋敷の近況を聞いていた。

「あなたにも苦労かけるわ」

「恐れいります」

常に仕事に追われ、家を空けることの多い女主人。名家の令嬢として生まれ、この家の前妻を追い出してまで嫁いだ彼女を快く思わない者は多い。
 しかし、事業における手腕の並々ならぬ高さ、敵は徹底的を追い詰めるが身内と認めた者には情が厚い人柄は、彼女の地位を盤石にしていた。

 この家にいる時は穏やかな顔をしているはずなのだが、ロザンナの目はギラリと光っていた。

 「能力を使いたいだけじゃなくて、まだあの娘を探しているとはね」

 こればかりは納得できないわ、とロザンナは忌々し気につぶやいた。

 縁組の相手も、どうせこちらから反故にしたところでなんの不都合もない相手に過ぎなかった。勝手にいなくなってくれたのなら、それはそれで都合が良かったのだが。
 親が恋しい時期に、ポケモンから引きはがしたのが良くなかったのか。一人娘が、たった一度会っただけの前妻の娘を慕うようになってしまったのは最大の失敗だった。

 ―――感情を高ぶらせれば、超能力が暴走してしまうかもしれません。カトレア様は「あの娘」をまるで神格化してしまっています。ロザンナ様が無理にお止めになるのは得策ではありません。

 カトレアを昔から知る、最も信頼のおける執事・コクランがそう言うのだから、仕方なく知らないふりをしているが、内心はらわたが煮えくり返る思いだった。

「ねぇコクラン」

「はい」

「お前はあの娘のこと、よく知っているのよね」

「いいえ。幼いころ、お屋敷で見かけた程度でございます」

コクランは完璧な執事だ。答えたところで主人の心を不穏にさせるだけならば、余計な事実は口にしない。裏を返せば、安心させるための嘘も息をするようにつける。

「御心配には及びません、ロザンナ様。カトレアお嬢様が思うような、「やさしく、受け止めてくれる」ような者ではありません。ご自分で見つけられた際には失望なさるでしょうが、それもひとつの経験として受け止められるでしょう」

「会わせること自体不愉快なのだけれど、もしあの娘が私憎さにカトレアに手を出しでもしたら、」

―――私はあの娘を生かしては置かないわ。

ロザンナの目が憎悪に燃えた。大抵の者はこの目を見ればすくみ上ってしまう。しかしコクランは冷静に返した。

「そのような心配はございません。まず見つけられても会わせませんし、失望しても挫けてしまわれないようにするために、こうして奥様から許可をいただいてポケモンたちと触れ合わせているのですから」

コクランは完璧な執事だ。カトレアに対して行ったことで、主人の許可を得なかったものはない。たとえカトレアがそうと知らなくても。
ロザンナは、渋々納得したような様子だった。少なくとも、コクランに今任せていて何も問題がないのだから。

「コクラン、一旦下がっていいわ。少し疲れたから休ませてちょうだい。ギンガ団の件はあとで聞くわ」

「かしこまりました」

コクランは優雅に一礼して、ロザンナの部屋を出た。
そのまま、屋敷内の見回りに入る。

(生かしておかない、とは。随分不穏ですね)

そんなことを自分がさせるはずがないのに。

(何人であろうと、貴女を害することは許しません。貴女を泣かせていいのは私だけなのですから。)

コクランは完璧な執事だ。自分が主人より強く想うものを胸に秘めていることも、その感情が歪んでいることも、この執事は理解していた。



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