Get your life!(2)

□最高にクールな彼と君と
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第74話 最高にクールな彼と君と

外に出たジュノーを、緋雨はそっと追った。
彼の胸中は分かっていた。それが自分と同じであることも。
だからこそ、ゆっくり話してみたい気になった。
久々に訪れた平穏な時間は、転機への先駆けであると同時に、緋雨に周囲への関心をもたらしたのだった。
緋雨の気配に感づいていたジュノーが、足を止める。緋雨は静かに声を掛けた。

「浮かない顔だね」

「お前ほどじゃねぇよ」

「言えてる」


緋雨が少し笑うと、少し気を許したジュノーは小さく零した。

「なぁ。俺たち最低だな。…曲がりなりにも自分の主人のめでたいことに、素直に喜べないなんてよ」

「…」

緋雨は、内心苦々しいものを覚えた。そうだ。この率直さが。自分の醜さも見据えて、忌憚なく言葉にするこの強さが、真っすぐさが、自分にはまぶしすぎるのだ。
そんな緋雨の胸中も知らずに、ジュノーは言葉を続ける。

「俺は前の主人のことが割り切れねぇ。お前もそうだろ」

「否定はしない。」

「回りくどいな。でも俺は別にセイラが嫌いなわけでもねぇ」

「俺だってそうさ」


だがな、とジュノーは目を伏せた。

「正直俺は、セイラがツワブキダイゴの傍に行けたんだから、お役御免だと思ってる。もともとコクランってあのヤベェ奴から逃げるどさくさで手元に行っただけだしな」

ジュノーがセイラたちの手元に来たのは、ヨスガシティに来る前のことだ。
緋雨もそのいきさつは耳にしていたが、そこから読み取れることはひとつだ。

「でも、君の前の主人はそうは思ってないみたいだね」

そう返すと、ジュノーは苦しそうな表情を浮かべて、ぽつぽつと話し始めた。

「それが嫌なんだよ…。デンジはどう考えてもセイラを愛してた。たった一か月しかいなかったのに。自分のモノにならなかったのに、手塩にかけたはずの俺を託した。未だに割り切れねぇ。
俺はずっと、デンジの傍でバトルしていたかったんだよ。最高にクールなアイツの傍で、自分の力を最大限に引き出して。いや、アイツといれば、俺すら知らない力が自分から出てくる感覚すらあった。俺は本当にデンジとバトルするのが楽しかった。アイツとならどこまでも強くなれる気がした。
なのに、なんだよ。バトルは誰にも負けない、女なんていくらでも寄り付くデンジが、失恋した相手にホイホイと俺を託した?俺はそんなデンジ見たくなかった。ひでぇ裏切りだよ。…まぁ、今さらナギサに戻ったって、前みたいな気持ちでデンジの傍にいられるとも思えねぇ。アイツだって、父さんだって、俺の代わりに弟や妹たちの誰かを鍛えてるだろうしな。
やりきれねぇよ、ホントに。あんなに信じてたのに。俺はそうやすやすと手放される価値しかなかったのかってな」


はは、お前にしゃべったってしょうがねぇな、しゃべりすぎたよ、ジュノーは自嘲的に呟いた。冷やかされる気がして言った言葉だったが、緋雨は真剣な表情で聞いていた。


「デンジさんは、本当に君を大切にしていたんだな」

「は?だから、」

「そうして、本当にセイラを愛していた」

「……」

「普通はできない。自分の愛した人とは思いを通わせられないと知ったら。それでもその人が過酷な運命を歩むと知って、せめて力になれるように、自分の分身のような君を託したんだ。
現に君は本当によく戦ったじゃないか。ギンガ団とも、…恥ずかしながら暴走した俺とも。足を怪我しててでもテンガン山を走った。相打ち覚悟でギンガ団幹部のポケモンも戦闘不能にした。そしてセイラを守った。だからこそセイラは本願を遂げたんだ。
誇れよ。自分の思い通りにならなくたって、自分の愛した人を最後まで思いやったデンジさんを。そしてあの中を戦い抜いた君自身を。君ならそれができると、誰よりも知っていたから、彼はセイラに託したんじゃないのか」

「…!」

「デンジさんは、『最高にクール』だよ、そして成し遂げた君もね」

ジュノーの大きく見開いた目が潤んだ。溢れ出そうな感情は、頭を振ってごまかそうとしても、抑えきれるものではなかった。感情に反応する緋雨の角が、赤く光る。


「…ははっ、そんなの誰よりも俺が知ってるよ!!」

「そうだね」

ジュノーの涙と、この真っすぐな感情を受けて、緋雨は冷え切った心の奥に熱が伝わるのを感じた。普段の自分なら困惑する熱さだ。だが、今はそれが少しうらやましく、そして微笑ましかった。

「ありがとよ」

少し落ち着いたジュノーは、照れくさそうに言った。

「確かに俺は、ここまでやれた。けど、俺はデンジの願いを叶えてやっただけじゃたりねぇぜ。父さんには『広い世界を見てこい』って、言われてたんだった」

よし!とジュノーは背筋を伸ばした。

「こうなったら、ホウエンでもなんでも見てきて、バトルしまくってやる。ツワブキダイゴがチャンピオンなのもよく考えたらラッキーだな!ぜってえ勝って、デンジに見せつけてやるんだ。『手放さなきゃよかった』くらいは言わせてやるぜ」

「それもいいんじゃないか」

「ありがとよ。なんか元気出たわ。お前、結構いいやつじゃん」

「全く。最後の一言が余計だよ」

「わりぃ。お前のこと、よく知らなかったから」

「それはお互い様だったね」

「それもそうだな。…なぁ、お前はさ、お前の事情は何となく知ってるけど、」

「ああ」

「このまま終わるつもりなんて、ないんだろ。忘れんなよ、お前ひとりで戦ってきたんじゃないってこと」

「…!!」

ジュノーの言葉に、緋雨は動揺した。そうだ、俺は、いつも。

「お前がどっちに進化するつもりか知らねぇけど、俺達はまだ伸びしろがあるからな。いつか、本気の俺とお前で、戦いてぇな!」

本当に、この少年は。緋雨は頭が痛くなる。
自分には無いと思っていた未来の話を、当たり前のようにするのだ。
そしてそこに、平気で緋雨の姿を見ている。
なぜだろう、いつもならはぐらかすのに。

「ああ、だが君には負けないぞ」

そう言ってなぜか、笑いあってしまったのだった。



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