Get your life!(2)

□怒りの日
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怒りの日


時は、カトレアが誘拐された直後に遡る。

「ふざけないで!!」

屋敷の一室で、ロザンナは憔悴しきっていた。
コクランをヨスガの騒動の後始末に向かわせた折、カトレアはギンガ団の手によって誘拐された。まさか、修行中の娘の様子を見に行った、自分の後を付けていたなんて。目の前で誘拐されるなんて。
まさかギンガ団がここまですると思わなかった。
コクランは『公然と』決別したと言っていた。それが、ここまでの恨みを買っていたか。
コクラン以外にも手練れのポケモントレーナーはいるが……、まさか、あれだけの人数で押し寄せようとは。紫髪と、赤髪の女が二人いたが、あれは幹部のはずだ。
ロザンナはひとりの母である前に、策略家だった。パニックになりかけながら、必死にこの事態の理由を探るため冷静になろうと努めた。おかしい。いくらなんでも、資金繰りに困った腹いせにしては大がかりすぎる。こちらが騒げば、ギンガ団とて国際警察に攻め込む口実を与えるのだ。そのリスクを取ってもしたいことがあるとすれば、それは何か?
ロザンナには理解が及ばなかった。

ギンガ団から、コクランを一人でギンガ団本部に向かわせるよう連絡があった。人質解放の条件はコクランに伝達すると言う。
ここまでの事態になったことで、ロザンナはコクランを大いに責めた。ロザンナの怒りは、娘を誘拐された混乱も相まって熾烈を極めた。コクランは平身低頭に謝罪するばかりだ。だが、ここまでの事態が予想外というのは互いの念頭にあったことだった。
ひとしきり感情をぶつけ、息を切らしながら、ロザンナはコクランに告げた。

「ギンガ団は、貴方に報復するでしょうね。でも、必ず、生きて戻りなさい……貴方の仕事は、その先にあるのだから」

「……かしこまりました」

その時だ。ロザンナの大声に何かを感じ取ったのか、普段は眠り続けているこの家の当主の眼が開いた。そして、乾いた口を開いて、少し呻いた。

「貴方!大変なの、カトレアが……」

ロザンナは、とっさに夫のムスカリに縋りついた。しかし、彼の眼は焦点が合わない。

「アナ、ベル……」

「!!」

彼の眼は、もうどこも見てはいなかった。
この事態に口をついて出る言葉がそれか。
分かっている、この人はもう。それなのに、怒りが抑えられない。

「ふざけないでよ!!貴方と結婚したのは私よ!!カトレアは私たちの子よ!!なのに、何を言っているの!?なぜあの女ばかり見ているの!?貴方と私の娘の非常事態に、貴方は馬鹿なんじゃないの!?」

肩を揺さぶり、怒鳴り続けた。ロザンナの剣幕に、ムスカリは涙を流した。
認識がこの世を離れた彼にとって、ロザンナの声は届かない。
届くのは、自身に向けられた怒りだけだ。

「奥様、旦那様は……」

「分かってる、分かってるから!!」

止めようとしたコクランの手を振り払い、ロザンナは自室に駆け込んだ。
大声で泣いた。だが、今となっては誰も彼女を慰め得ないのだ。

(あの女のせいよ)

あの人がああなったのは、あの女が死んでからだ。
許せない。許せない。死んでも尚、邪魔立てする。

一晩泣き明かし、朝起きたころには、コクランはすでにギンガ団本部へ発っていた。
カトレアのことが気がかりでならない上に、昨晩の怒りが収まらない。

ロザンナは、別邸へ向かった。今はメイドたちの宿舎となった場所だ。
管理するメイドたちが止めるのも聞かず、アナベルとセイラのいた部屋を、滅茶苦茶に壊して回った。椅子を投げつけ、箪笥を倒し、本を叩きつけた。
それでも怒りは収まらない。この部屋の主だった女。夫が最後まで追い出さなかったのは、家宝を隠されたからだと言う。盗人猛々しいとはこのことだ。最後の最後まで気を引き続けた、分をわきまえない、卑しい女め。
あの人の愛を勝ち得たからこそ、私は今こうしているはずなのに、どうして死んでも邪魔をするのか。あの女は、あの人を愛してなどいなかったくせに。

愛おしい男の愛を得たその時、小さな娘を連れたあの女に思うところがないわけではなかった。
いくら家の勤めを果たさず、挙句に家宝を隠した悪妻とはいえ、暮らしに困らないようにするくらいのつもりはあったのだ。

しかし、あの女。
君はもう私の妻ではない、とあの人に言われた時。
何も感じていないような顔で言ってのけたのだ。

「そうですか」

あの人は余計パニックになっていた。私は、家宝を隠した上に愛を失っても平然としているあの女に、心底ゾッとしたのを覚えている。
あの、どこか遠くを見ているような目が、気味悪かった。
ふと、悪寒がはしった。ある一つの予感がしたのだ。
――この事態は、あの女が招いたことではないのか。

「薄気味悪い亡霊め……カトレアに手を出したら、絶対に許さないわ」


夕刻、怪我だらけで戻ったコクランから、ギンガ団の要求を聞いたロザンナは、自身の予感が的中したことを知った。

しらたま、こんごうだま。そして、はっきんだま。

アナベルにより隠された『はっきんだま』の捜索という難題に、ロザンナは怒りに震えた。

「あの女」

すぐさま、コクランを捜索に向かわせた。手がかりを知るとしたら、あの女の娘くらいのものだろう。コクランにはこう命じた。

「この家の当主からの言葉よ。『一人娘のカトレアの安全に勝るものは何一つない』。カトレアの安全を最優先に動きなさい」

コクランは怪我の手当の間もないまま、セイラたちの元へ発ったのだった。

そして、ギンガ団の手により誘拐されたカトレアは、シンオウ地方のギンガ団のアジトのひとつに幽閉されていた。

恐怖と、己の不甲斐なさから、涙が止まらない。
ポケモンたちとも、また引き放されてしまった。

(どうして、私はいつも)

泣きわめけば、彼女の強すぎるサイコパワーはあたりのものを吹き飛ばしただろう。
だが、ギンガ団はカトレアのその性質を把握しており、頑丈な部屋と、鎮静剤の使用でそれを防いでいた。

(お願い、助けて……コクラン、お母様、お父様……)

助けて。

(セイラお姉様……)

誰かに助けてほしい気持ちが過ぎたのかもしれない。
カトレアは、最後に助けてくれそうもない、優しそうな人のことを思い出して、そんな自分がまた情けなくなって、目を閉ざした。薬が効いてきたのだった。



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