Get your life!(2)

□懐かしい響き
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第93話 懐かしい響き


「さあ、着きましたね」


私たちはミオシティの港に降り立った。
これから車をチャーターして移動する。セイラはコクランの背中をそっと見た。

(あのお兄さんが、コクランだったなんて)

それは、昨晩の夜に遡る。

コクランがビィと比較的良好な関係になりつつあった中、セイラはエンペルトに苦戦していた。
エンペルト、と呼びかけても、まるで口をきいてくれないのだ。ポケモンフーズは食べる。船のプールに放し、戻そうとすれば、(しぶしぶでも)従う。
しかし、対話がまるで成り立たなかった。
コクランの元から急に放されて、不安なのだろう。そう思い声を掛けても、当のエンペルトはだんまりを決め込んだ。他の手持ちのポケモンたちが声を掛けても知らんふりをしている。

「気位が高いのよ」

と、気遣いがまるで報われずに拗ねるのはベティだ。「セイラに攻撃したの、アタシ忘れてないからね!」

「お前の気持ち、俺も昔そうだったから分かるよ。ここはひとつ、バトルでモヤついた気持ちを晴らすのが一番だぜ」

エンペルトはジュノーの声掛けにも無視だ。ジュノーの言葉にスバルがため息をつく。

「皆が皆、君みたいに単純じゃないんだから。……まぁ、気が向いたときにでも話してくれよ、エンペルト。セイラは良い子だよ」

「……知っている」

え、と一同は驚いた。知っている?

エンペルトはセイラの方を見た。
「貴女のことは、昔から知っている。私のことは忘れてしまったようだな」

エンペルトはふうと嘆息した。セイラは困惑した。
この子を、昔から?
エンペルト自身に覚えはない、あるとすれば、進化前の…、

「もしかして、ポッちゃんなの?」

ふと、懐かしい名前が口をついて出た。ポッちゃん。小さいころ遊んだ、可愛いポッチャマの名前だ。

「ようやく思い出したか」

セイラの頭に頭痛が走った。そうだ。小さいころ、遊んでくれたお兄さんがいた。
その人が連れていたのがポッちゃんだ。小さい私が、ポッチャマ、と、正しい名前を呼べなくて、そのまま呼び続けた名前。

「ポッちゃん……」

そうか。つまりは。

「そっか、昔遊んでくれたお兄さんは……コクランだったのね」

蓋をしていた記憶が、またひとつ蘇った。そうだ。あのお兄さんは、コクランだった。
そうか。だからカトレアが生まれてから、私と遊んでくれなくなったのか。

幼少期のことが思い出されて、セイラは悲しい気持ちになった。唯一遊んでくれたお兄さん。朧げな美しい思い出にしておきたかったのに、どうして、思い出してしまったのだろう。
エンペルトはセイラを真っ直ぐに見た。

「我が主人の非礼を詫びたい。貴女にもこの技を以って怪我をさせた。すまなかった」

「そんな……」

セイラは困惑した。急に謝られても、どうしていいのか分からない。
これまであの家を、コクランを憎んできたのに。それを心の支えにしていたのに。

「許してもらおうとは思っていない。やったことは消えないのだから。だが、あれは器用なはずなのに、貴女に対してだけは不器用だ。貴女やご母堂に対する仕打ちも、あれ自身は決して望んでいなかった。それだけは、言わせてくれ」

「……」

一体、何を信じたらいいのだろう。何を憎んだらいいのだろう。
ここのところ、それが分からなくなる。

だからこそ、この旅で見極めなくては。
一時の感情だけでなく、広く見なくては。

自分自身のこと、自分だけではない世界の事。もっと知りたい。

セイラは泣きたいような気がした。
しかし、ほほ笑んで言った。

「許す、許さない、は正直、分からない。…でも、ポッちゃん、また会えて、嬉しいよ。立派になったね」

エンペルトは深く頷いた。少しだけ、心の氷が融けた気がした。


船を降り、陸路でナギサシティを目指す。
コクランが運転する車にセイラとダイゴで後部座席に乗っていた。
セイラは、車窓から見る景色に目を奪われた。
テンガン山が見えてきたのだ。
本当に立派な山だ。旅をしているときはいつも見えていたけれど、久しぶりに見ると懐かしく、その雄大さには感動する。

(こんなこと、スバルには言えないけど、本当に綺麗な山だわ)

シンオウ地方を象徴するこの山には、何か神秘的な力が働いているような気がしてならない。

しばしの休憩でポケモンたちを休ませていると、ダイゴは「シンオウは本当に肌寒いところだね」と苦笑しながら言った。

「私なんか、吹雪の中も移動したことあるのよ」

というと、ダイゴは肩をすくめて見せてきたのでセイラは笑った。

ポケモンたちを離している間は、ビィもセイラ達の元に来てので安心だった。
ビィはなんだか毛艶が良くなっていて、コクランは丁重に扱ってくれていると分かり、セイラは安心した。

「…さあ、そろそろ出発だ。運転は僕が代わろう」

恐れ入ります、と承諾したコクランのもとへ、ビィが走っていく。
なんだか切ない気持ちになったが、早く解決して、ビィを取り戻さなくては。
そして目の前のこの子も、元の主の元へ返してやらなくては。

「……行こう、ポッちゃん」

セイラはエンペルトに呼びかけた。
他の二人に聞こえないくらいの声だったが、その響きを耳にしたコクランは大きく目を瞠った。



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