Get your life!(2)

□翡翠色の抱擁
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第108話 翡翠色の抱擁 

セイラ達がギンガ団に指定されたテンガン山東側に着くと、下っ端の団員がひとり待ち構えていた。
ギンガ団員は「乗れ」と近場の飛空艇を差して言ったが、コクランは「逃げ場のない状況下では交渉を破棄される可能性がある」と固辞し、目的の場所まで徒歩で案内するよう言った。

ギンガ団員は忌々し気な顔をしたがこれに応じ、セイラ達を案内しながら徒歩で進み始めた。その後ろを、見失わない限度の距離を保って、ジムリーダー以下トレーナー達が追跡していく。
急な山道を登り、洞窟を越え、野生のポケモンに対処しながら歩みを進めること、数時間。
洞窟から急に視界が開けた。吹き荒れる強風と、空気の薄さが、間違いなくここがテンガン山の頂上部だと気づかせる。
そこには、ギンガ団員が大勢で、なにやら巨大な機械を設置してモニタし、なんらかの数値を計測して忙しそうに動き回っていた。

「……来たか。貴様がセイラだな」

見覚えのあるギンガ団幹部らを後ろに従えて現れた男。
ギンガ団のボス・アカギが、セイラの前に現れた。
アカギは一定の距離を保って立ち止まると、セイラの目を見た。
セイラは固唾を飲む。

「はっきんだまを見せろ」

セイラはケースから宝玉を取り出した。
ギンガ団員がセイラの近くに寄り、機械をはっきんだまに翳した。
アカギは部下が見せたモニタに目をやり、頷く。

「それは本物のようだな。さぁ、こちらへ持って来るがいい」

セイラの表情は憂いを帯びていた。伏し目がちに一、二歩歩いて、立ち止まると、アカギの方を見た。翡翠色の瞳が、緊張と静寂が入り混じる心で静かに問いかける。

「その前に、教えてほしいの。どうして貴方は、新世界を創ろうというの。そのために今のこの世界を滅ぼしてもいいの?」

アカギは鋭い眼光を返した。

「この世界は醜い。私利私欲に走った人間が争い傷つけあい、不条理が新たな不条理を生み出し続ける。ゆえに全ては一度無に帰し、新たなる理想郷を作り上げる。セイラといったな。貴様の生い立ちを資料で見た。貴様は理解できるはずだが」

「……私は、そうは思わない。世界が不条理だけだとは思っていないから」

セイラの不同意に、アカギの声が気色ばんだ。

「何故だ?貴様とて、不条理の中に生まれ育ったのではないか?――貴様の手の『はっきんだま』は、世界に反逆したギラティナの宝玉。それを手にした貴様には、世界を憎み滅ぼす権利があるとは思わないのか?」

「その問いにはもう答えたわ。……妹を、カトレアを返して」

アカギは吐き捨てるように嘲笑した。

「神輿に担がれただけの囮なら話が通じるかと思ったが違うようだ。だが、貴様らの考えなどとうに見越している。そう簡単に応じると思ったか」

貴様らの後ろに増援がいることなど、分かり切ったこと。

アカギが合図すると、カトレアが引き出されてきた。薬を嗅がされているのか、意識はもうろうとしている。

「カトレア!!」

「さあ来い。貴様の身柄とはっきんだまを渡して、初めてこの娘は解放される。もちろん、貴様の後ろにいる連中が、妙な動きをすれば命は無いと思え」

セイラはごく、と唾を飲んだ。
はっきんだまを抱きしめ、一歩一歩、歩み寄っていく。

「セイラ……!!」

ダイゴの声に、セイラは振り向いて、ぎこちない笑みを返した。

そして、セイラはアカギと、カトレアの前に立った。
カトレアを抑えているギンガ団員の後ろから、セイラを捕えようと他のギンガ団員が飛び出したその時――、

「させるか!」

ハンサムがアカギの背後から現れた。
岩に変装していたのだ。

アカギの不意を衝いたハンサムは、セイラとカトレアを一気にギンガ団員から引き離す。
セイラはカトレアを支えて一気に走り出した。

面食らったのはアカギの方だ。

「な!?貴様、いつからそこに…?」

「いつから、だと!?もちろん最初からさ!!」

セイラたちの作戦は成功した。
増援であるジムリーダーたちには、あえて不慣れな潜伏行動を依頼した。当然ギンガ団には気づかれるが、それが陽動となった。ギンガ団は初めから潜伏していたハンサムたち国際警察の面々に気づかずにいたのだ。
なぜギンガ団が向かうであろう場所を割り出せたか。
それは、宝玉を手にし次第儀式を始めるであろうこととその場所について、シンオウ神話に精通したシロナの予想が当たったということだ。

セイラは、カトレアの肩を抱えて素早く後退した。すかさずコクランが後衛に回り、ギンガ団を蹴散らしていく。それを合図に、ここまで距離を詰めていたジムリーダーたちが一斉になだれ込み、乱戦が始まった。

「カトレア様!!!!!!セイラ様、よくぞ取り戻してくださいました!!」

コクランは喜びに打ち震えながら叫んだ。

「契約履行!!今まさに約定は果たされました!!セイラ様へ、パートナーを戻しましょう!!」

「アカギ様!!」

アカギとコクランの間に、ジュピターが割って入る。

「やってくれたな裏切り者……!!貴様は!!必ず!!このジュピターが消す!!」

コクランの口の端が吊り上がる。
優雅な笑みはそこになく、燃え盛る眼光は怒りに染まっている。

「おやおや、どちら様かと思えば。私、いますぐお嬢様のところへ参らなければなりませんので!!」

「どこまでも人をコケにして…!!じゃあそんな用事は消してあげるわ!!」

ジュピターの目が、攻撃を支持する指先が、セイラとカトレアに向けられ、瞬時にコクランの殺意が明確にジュピターに向いたその一瞬、

「させまセンよ!!」

メリッサがフワライドで割って入った。
メリッサは茶目っ気たっぷりにコクランにウインクする。

「貴方、明るい未来のために、傍にいる人のために、手を汚してはいけまセンね!さぁ、お二人のもとへ行って下サイ!!」

「…ッ。メリッサ様、感謝いたします」

コクランは黒く澱んだ目に光を取り戻し、すかさず走り出した。

「邪魔するんじゃないわよ、ヨスガのジムリーダー!!」

「邪魔するに決まってるでショウが、ギンガ団!!」

ハッ、とジュピターは笑う。

「アンタ。無能さらしてさらに恥をかきに来たの?いい趣味してるじゃない!!」

「ンー、半分正解、半分不正解デス!確かにワタシ、ここにリベンジに来まシタ。
ヨスガを滅茶苦茶にしたアナタを、ギンガ団を、捕まえるために!
でも、もうかく恥なんてありまセン。だって、真正面から戦えば、ワタシはアナタに負けまセンから!!」

「はぁ?アンタ何言ってるの?コンテストにうつつを抜かすジムリーダー風情が、実戦でここまで来たジュピターに敵うと本気で思ってる?」

「魅せる戦い、見せる戦い、ルールは違えど戦いに適応するのがプロのトレーナーなんデス!あのままコクランさんと対決していれば、間違いなくアナタ殺されてましたネ。力量の差も分からないアナタに、理解できるはずもありまセン!!」

「言ってくれる!!後悔させてやるわ!!」

メリッサとジュピターの激しいバトルが始まった。

そして、やりの柱から少し離れた場所。
セイラとカトレアの前に、ギンガ団員が二人立ちふさがった。いつか見た顔は、ヨスガシティで対峙したあの二人組だ。

「オイ、あんたヨスガ以来だよな!!そう簡単にさせるかってんだよ、なぁ…!!」

「我々の不始末は、我々で行います」

睨みを聞かせるギンガ団員。しかし、セイラの眼中には、もはや彼らの姿はない。
静かな怒りを込めて、相棒に託した。

「邪魔を、しないで」

すかさずビィの強烈な水技が入り、二人は吹き飛んだ。

「セイラ!ただいま〜!!コクランが帰っていいって!!」

「ビィ!!」

ビィは喜びのままにセイラの方へ走った。ビィの瞳は、セイラとカトレア、そしてカトレアの肩をしっかりと抱くセイラの手を力強さを捉えた。
すかさず身を翻し、後方から来たギンガ団の迎撃に回る。

「あ〜、僕とっても甘えたいけど、後にするね!!ここは守るから、まずは行って!!」

帰ってきた頼もしい相棒に促されるまま、セイラは走り抜けた。
カトレアを味方の多い場所まで連れ出し、木陰に座らせる。口を縛っていた紐を切り、
無事を確かめた。
気が付いたカトレアは、おずおずとセイラの方を見た。セイラは、勢いで連れ出したことに急に気後れして、ためらった。

「カトレア……、私はセイラよ。助けにきたんだけど、……大丈夫?」

血を分けた姉妹の証――翡翠色の瞳が、互いを映した。
片割れは、光を映した瞬間、臆した。拒絶されはしまいか、と。
片割れは、涙に溢れた。夢見たままに優しい瞳がそこにあったことに。

「…セイラ、お姉さま…」

ありがとう、嬉しい。

その言葉に、セイラはカトレアを――、妹を、強く抱きしめた。
カトレアの目が丸く開かれる。
そしてその目は、うれし涙を伴って、閉じられた。

「無事で良かった」

帰ろう。一緒に。

「絶対、勝ってみせるから」

ついに、一度会って以来、会うことは無くても互いを思いやり続けた二人は、ほほ笑み合ったのだった。



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