Get your life!(2)

□心無き完全な世界へ
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第110話 心無き完全な世界へ


幼少のころから、両親に過剰な期待をかけられた。

「さあ、アカギ。家庭教師の先生がまもなくいらっしゃるんだから、早くそのガラクタを片付けなさいね」

自由な時間などない。続けざまの習い事。
いつしか自分は、ほかの子供とどう関わればよいのか分からなくなっていた。
大人の顔色を窺い続けた結果、子供らしさが失われていたのだ。
子供は、残酷な生き物だ。自分より弱い生き物には、特に。

「あの子ったら、機械ばかりいじって。お友達らしいお友達もできないで……。習い事もいまいち続かないし、どうしてこうなっちゃったのかしら」

母は、父によく零した。父は無関心だ。うん、と呟いたきり、特に何も言葉を続けない。
そして、「あなたはいつもそう!私にもこの子にも関心がないのね!」と金切り声を上げる。
ときおり優しく、かと思えば「あなたのためを思って」と喚く、母の感情に振り回されるうちに、幼少期の私は心を閉ざすことこそが生き抜く上での正解だと悟った。
それは父も同じだったようで、次第に家に寄り付かなくなった。
そのことで母はますます感情的になり、そのため母の癇癪を一身に受けることになったのだから、父を恨んだ――しかし、機械いじりだけはやめさせないように母に働きかけてくれた。この一点にのみおいて、父の無作為は母の荒れ狂う感情よりもはるかにましだったと言えるだろう。
私は必死に知識を付けた。生き抜くため。
賢さの指標として、テストの高得点という分かりやすい数字は母を感情を鎮めるのに最適だった。
それだけではない。知識さえあれば、いつかきっとこの地獄を脱することができるだろう。
私の唯一の夢。機械の製作に携わり、大発明をすること。
科学者になる、といえば、私は私の居場所を作ることができたのだ。
それでも虚しさが消えない虚しさを抱えたまま日々が続いたが、ある時、大きな変化が訪れた。

「ロト!」

ある日、モーターから飛び出した、一匹のポケモン。機械に入り込むことのできる、前例のないポケモン。それが、ロトムだった。
当時の私は嬉々として日記をつけた。

『モーターとロトム どういうことか わかるでしょ』

スペルをひっくり返した簡単なアナグラム。この単純極まりない名づけをしてしまう子供らしさを、ロトムだけは受容してくれた。
機械いじりが好きな子供と、機械が好きなポケモンが親友になるのに、時間はかからなかった。
私が新しく機械を作れば、ロトムがその中に入って動かして見せる。どんな仕組みで作るかが私の仕掛ける遊び。ロトムは私の思いがけない動かし方もしてきて、互いにそれで大笑いしたものだ。
どうすればロトムが楽しめるか。私が工夫を重ねるほどに、ロトムもまた、人間の作る機械の構造を理解していったようだった。

ロトムは私の喜びだった。私の夢。私の知恵は、機械を目指す志は、この小さな親友によってもたらされたのだった。いつまでも、こんな日々が続けばよいと思っていた。

しかし――、ロトムは奪われた。金と名誉に目が眩んだ連中によって。
その中には母も、父もいた。家庭教師たちもいた。
連中は、ロトムという新種のポケモンを発見したと騒ぎ立てて、いくらか欲を満たしたようだった。
研究所へ連れられていったロトムが、姿を消したと騒ぎになったのは、一月足らずの出来事だった。

私の怒りは留まることを知らず、関わった者すべてを消し去りたいと心底憎んだ。
しかし所詮少年だった私に、何が出来ようか。怒りを日記帳にぶつける他なかった。
あれから何年もたち、いくら探し続けても、ロトムは私の前に姿を現すことはなかった。

私は憎む。私に健やかな心を与えなかった世界を。唯一の親友を無情にも奪った世界を。いずれ別れなければならなかったのならば、喜びなど、絶望など知りたくなかった。何の役にも立たない知識など不要だ。打ち砕かれるだけの希望に向かう意志もまた、無駄なものだった。

ギンガ団を設立し、この世界の破滅を望んだ。
心の無い世界、それは与えられない者、選ばれない者にとって最後の救い。
この日までに磨き上げた技術を、力を持って、私はこの世界の上に新たなる世界を敷く。

……それでも、己に未熟な面があることを否定できない。
ギンガ団の、まるでロボットのような団員服。
メカニックを意識したアジト。
赤い鎖を生成するための、大がかりな機械。

私の作ったものに反応して、喜んで飛び込むであろう影をどこかで期待しているのだ。

もう二度と会うこともないだろう影を求める、私自身の心すら捨て置いて、新たなる世界、完全なる世界に私は向かう。



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