□テラス
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木手のいる個室のテラスに一足入れば、
あの香水の香りが胸いっぱいにしみ込んで、呼吸する度にひどく心地よかった。
知念は資料のプリントをテーブルに置くと、
木手はチラと上を見上げて人影を確認すれば何ともない様にすぐパソコン画面へ目線を戻す。


「さすが早いね。知念くんと不知火くんだけですよ、提出日守れたのは」


淡々と仕事に熱中する木手は、もう用がないなら居座る必要はない…そんな風な威圧感を感じる。
少しの会話も出来ない程に。


「………」


もう少し此処にいたかった。
出来れば仕事している姿を間近で見ていたいし、この空間でぼーっと窓でも眺めていたい。


「知念くん?どうしたの」
「…いや、ここ、良い眺めだな」


目線を外してテラスの窓を見た。
階が高いのだから眺めがいいのも当然だが、他に居座る理由が思いつかない。
木手は相変わらず画面を見ながら手はしきりに動かしている。


「テラスは初めてじゃないでしょう」
「…うん」
「知念くん」
「あい?」
「仕事の邪魔ですよ」


痛いところを指摘されて冷や汗が出そうだった。
当の本人に言われると胸にチクリと刺すものがある。


「コーヒーいる?」
「…取ってきてくれるのなら」
「ここで何か食べてもいいばぁ?」
「…集中できなくなります」
「そうだな。わっさい、コーヒー置いたら戻る」


少し微笑んで立ち上がる。
長くは居座れないけれど、香水の香りが体内に吸い込まれて充分満たされた気がしたから。
木手が何か言いたげな顔をした気がしたが、すぐに背を向けて個室を出てしまった。

オーダーをしてすぐに戻ってきたら、持っていた台をテーブルにゆっくり置く。


「仕事、ちばりよ」
「…知念くん」
「じゃあな」


ガチャリと最後までしっかり閉じる。
テラス内に居ればいる程、抜け出したくなくなってしまうから、すぐに逃げる様に出た。
木手はあっという間に去ってしまった知念の背中を見つめた後、
台に目を向ければ、コーヒーだけではなくサラダサンドまであるのに気付いた。
仕事に集中しすぎて空腹なのに気付かなかった木手は、
中断してサンドイッチに手がすぐに伸びてしまい、自分でも驚く。口に食むと酷く美味しく、口元が綻びそうだった。


「ごめんね、知念くん…」



――君がいると集中できないから
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