□こわいのこわいの飛んでけ
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「永四郎、どうしたんばぁ?」

木手からの電話なんて珍しいと思った。
それになんだか声の音色に違和感を感じて、やや不安を抱く。

「…いま…ヒマ?」

敬語を使わないという事は焦りを生じているのだろうと知念はよく知っていた。
なので断る理由もない。木手を最優先するのになんの抵抗もない。

「うん、空いてる」
「うち…来て」

家に招かれることは少なからずあったが、それでもこんな頼み方は初めてで、
場違いだが思わず胸が高鳴ってしまった。

「わかったさぁ、すぐ行く!」
「ありがとう…今日誰も帰らなくて、俺一人なの……助かります」

それがどういう意味なんだとか、早まる鼓動に、木手の家まで走って向かっていた。

「知念くん…」
「永四郎、どうしたんばぁ?」
「走ってきてくれたの?…ありがとう」
「いや、それはいいんさぁ。全然構わない」

足早に靴を脱いで、中に入ると心なしかいつもより木手との距離が短く感じる。
本当にどうしたのか、木手の肩か腰に腕をまわしてしまってもいいものかと色々悩んだ。
リビングに着くと床のフカフカした敷物に木手は乗り、やっと木手は口を開いた。

「…こんな事…いうの、恥ずかしいんですけど」

いつもと感じの違う、弱々しい姿に、隣でドキリとした。
目を少し伏せたまつ毛や表情に魅とれ、口から声を発するのを待つ。

「怖いの、見てしまいまして」
「…ホラーか?」
「ええ。たまたま流す様に見てしまって、それから…家の中で音が少ししただけでも怖くなってしまって。知念くんなら、そういうの大丈夫かなって思って…呼んだんです」

それなら俺で良かったのかとよぎった。
不知火などにも怯えられている程こわもての人相のした顔だから。

「わ―でいいのか?」
「へ?知念くんなら"怖い"って伝えても茶化したりしてきませんもん」
「そうだが…」
「それに、君じゃないとダメです」

木手の素直な発言は珍しくて、驚いて一瞬言葉を失ってしまった。

「身体…包みこんでくれるの…知念くんだけですし。ほら、腕長くて背が高いですから」

足を楽に開いていた木手はペラペラと無防備に話す。
そんな姿に我慢出来ず後ろから思わず抱きしめた。

「…知念く…!?」
「永四郎…それは、一緒に夜寝て欲しいってことか」

気まずそうに黙る木手の耳はみるみる赤くなるのが分かる。
その可愛い耳たぶを食みたいと思った。

「…迷惑じゃなければ」
「迷惑なわけないばぁ。永四郎の側にずっといるさ」
「知念くん…我が儘だけど、トイレとかも付いてきてもらっても良いですか」
「もちろん」

そして木手はくるりと向き直った。
怖いのか、俺から離れたりせず目線を合わせようとしている。

「知念くんはよくあんなの見れるね。ホラー映画」
「あぁ…慣れてるさぁ」
「慣れるものですか?信じていないのに、TVで見るとああいうのキツイですよ」
「そうだな。普通は怖いだろう」
「でも知念くんが居てくれるなら、安心…」

木手に頼られてくっつかれ、酷く心地よかった、反面、
それだったら"申し訳ない"と心の中で謝る。
けれどその事を木手に伝えれば怯えさせてしまう…それだけは避けたかった。

俺は霊感が強い。
下手をすれば、呼び寄せてしまう体質だった。
幼少時代からそうだった。
だから慣れていると言ったんだ。

「知念くん、そういえばお茶も出してなかったですね。持ってきます」
「わ―もいく」

木手が少し服を握るものだから、可愛い仕草に目を細めた。その手を優しく包み込んで肩を抱いて移動する。

「麦茶でいい?」
「うん」
「お菓子ちんすこうあるよ」
「それもいる」


木手は少し笑ってお菓子もおぼんにのせる。
すると、カチカチと部屋の電気が点滅し始めた。

「…!!」

木手は知念に反射的にしがみ付き、同時に俺も木手を抱きしめていた。さとす様に背中を撫でて落ち着かせる。

「電池切れさぁ、永四郎」
「え、えぇ…そうですね」

怖いだろうに、と胸が痛んだ。
震えている肩を掴んでリビングに木手を誘導した。

「ぁ…知念く…っ」

永四郎を座らせ唇を押しあてキスをした。
急なことに驚いて、赤くなった木手は口元を手で覆う。

「怖いときは、ちゅ―して永四郎」
「ッ……」
「きっと気持ち紛れるさぁ。な?」

頬から形の良い顎を指で伝えば、赤らめた木手は下唇を少し噛んで可愛い返事をもらす。

「…ん」

理性が飛びかねなかった。
無意識にされる仕草や甘い声、弱りきった姿。
そんな木手に目が離せないでいたら、カタンと玄関の方で音が鳴った。
ピクンと無意識に肩を揺らす木手を引き寄せて抱きしめた。

「風やが、永四郎。あとはまや―が紛れこんでくることもあるさぁ」
「それ、知念くん家だけです」

カタカタと小さな音が耳をかする。
気のせいでありたい。
震えている木手をこれ以上怖がらせたくなかった。

「…なにか近づいて…くる音が…知念くん…っ」
「そんなわけないさぁ」
「だって、この音、古武術の基本…さすり足、ですよ」
「永四郎、怖い怖い思っているとそう敏感になるだけやさぁ」
「ん…それはそうですけど」

背中を撫でてあげれば胸板にすがる様に張り付く木手に胸が軋む。

「ゃだ……」

カタカタと震える木手は柄にもなく弱音をはいた。
いや、これが本来の中学生の姿なのだ、今までの木手は大人びていて忘れそうになるが。

「(くそう…)」

こんな時に大きな気配がして寒気がした。
今はお祓いに強いオジイがいない為、もし俺でも処理しきれない霊だったらどうする。

「知念…くん、喋って、なにか」
「あぁ…すまん」

一人で悩んでいたらいつの間にか沈黙が続いていたらしい。
愛らしい震えた耳元に口づけして囁いた。
かなさん 永四郎

「ッ……」

耳が赤くなる木手の反応は可愛いすぎてどうにかなりそうだった。いつもの女王様の身分はどこへやら、中学生らしい姿に苦笑する。

「うじら―さん…」
「…るさぃょ…知念く…っ…ぁ…」

生暖かい舌で耳を舐めれば身体を強ばらせる。
我慢出来ない状況だが、近づいてくるモノは一体何なのかが気にってしまう。

「もっと…言って…」
「永…四郎…」
「知念…くん…っ早く言いなさいよ」

命令、否、哀願される様な声に本気で目眩がした。

妙な不協和音。
声なのかも認識できない程の気味が悪い音がした。
声が出る霊は希で、大変危険である事は痛いくらい知っている。
奥歯を噛んで、とにかく何か声を紛れさせようとリモコンをすぐ手に取りテレビを付けた。

ザー――…ッ
おかしい、チャンネルを変えても耳障りなテレビ音とザラザラした画面だけしか映らない。

「止めて…っ知念くん」
「く……わかった」

逆に怖がらせてしまった、くそ…。
木手は胸板にすっぽり収まり顔を付けている。
これなら見えなくて大丈夫だろうと、自分が霊が見える様に体勢を変えた。

「ちょっと動くさぁ」
「っ……」

よっぽど怖いのか、声にならないらしい。
早く解放させてあげたい。

「(やはり…霊か)」

人形の黒い物体、性別は分からない。
こんなものを見せない様に木手の頭を強く胸板に押さえた。

「…知念くん?」
「大丈夫。永四郎はわ―が絶対守る!比嘉全員、何があっても、永四郎の味方さ」

強い意志を伝えれば、木手は俺の背中に手を回してしがみついた。

祖父に教わった方法で霊を祓った。
最後は念のため木手の家を確認して周り、霊騒動は幕を閉じた。
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