□engage ring
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何気なく買って渡したペアリング。
木手と二人だけで付けられるおそろいは酷く嬉しかった。

学校や私生活に木手はずっと付けてくれていたが、
年齢を重ねお互い大人になるにつれ、指にはめていたすみれ色のリングは幻だったかのように消えていった。

大人になってようやく気付いたのだ。あれは単なる親友の証のままごとではない。

――本気だったんだと。


甲「明日で永四郎、フランスに行っちゃうな…」
田「あ―…」
甲「イタリアも行くってよ」
平「んだそれ、ずり―な」
田「イタリア料理もフレンチも食べれてうらやましいさぁ永四郎―…」
平「や―は飯だけかよ」

甲斐と平古場と田仁志とは今も付き合いがあり職場が近いためかこうして話す機会が多い。
明日はみんな仕事があるから見送りは出来ないが、聞くところお土産を買ってきてと永四郎にメールはしたらしい。

明日で永四郎は旅立つ。
明日に言わなければ、俺らはそれっきりだ。
明日が正念場なのだと、ひしひし感じて重たい気持ちに身体が縮こまるようだった。

不可能を可能にすることが出来るのか…けれど何もしないままでは余計駄目だ。
このまますぐに取られてしまう。
永四郎は魅力的だから。


*********


翌朝。眠れなかった目をこすり顔と髪も洗えば水の冷たさに目が覚め、意を決して着なれない服を纏って出掛けた。
夕方に飛行機が出発するが、その前にいつものカフェテラスに寄るだろう。
人も少ないお洒落な雰囲気に木手は気に入りよく同じ場所に居てコーヒーを飲んでいたものだ。
早く着かないように遠回りしながらずっと地べたに視線を落として考えていると、ついに視界に木手を見つけた。馬鹿みたいに鼓動が早く高鳴る。

「おや…知念くん、久しぶりですね」
「あぁ…」

自然な顔で空いてる向かいの席に座った。
この時ばかりはあまり表情に出ない顔立ちで良かったと安堵する。

「見違えましたね」
「あぁ…服は自分で選んだ」

木手がコーヒーを置いて格好や髪型全体に目を惹かれているのが分かり、やはり服装を慎重に選んで良かったと思う。
高身長を生かしきれていないとか、デザイナーらしい言葉をもらった事があるから木手のおかげで身なりを気にするようになった。

「これ、」

渡したのは、永四郎が好む色の花でもあり、わ―が好む色でもあるすみれ色と黒の花束。
持ち運べるサイズにしたのは空港まで持っていける配慮だ。

「…綺麗ですね」
「それ、プレゼントさ」
「ありがとうございます。わざわざ花まで用意してもらって」
「永四郎が海外へ旅立つ記念。きっと大きくなってまた戻ってくるから、出世払いで返してくれればいい」

木手が微笑んで、花束を大事そうに見つめている。
カフェの外席には二人しか居なくここなら切り出せる、と意を決した。

「永四郎」
「はい」
「わ―は通訳が出来る。フランス語もイタリア語もずっとこの日の為に勉強してきた」
「ぇ…」

木手は顔を上げ、小さく声を洩らす。
今日まで募る想いを胸に、言葉数は少ないが真っ直ぐ瞳を捉えて伝えた。

「俺も行かせてくれ」
「…………」
「向こうで手塚と会うんだろう。俺は永四郎を彼以上に幸せに出来る自信がある」

木手は瞼を伏せ、視線は迷うに迷い流れて、また見上げてくる。

「……知念くん、気持ちは嬉しいです……本当に。俺も……」

はぐらかすように聞き取れない声量で呟くのはいつもの木手の癖だ。
俺も…なんだと言うのか。

「永四郎……」

あの時ともう一度、でも今度は本物の小箱を見せた。
木手は目を見開いて酷く驚き、細長い両指で口を覆い隠していた。

「……駄目なんです、知念くん。俺は……」
「永四郎………頼む、受け取ってくれ」

緊迫した空気が流れ、木手の指になかなか渡らない時間は長く…本当に時が今止まっているように感じた。

「……俺はもう、決めたんです。ごめんなさい………ありがとう」

花束は受け取られ、指輪は自らの手の中にあるままだった。
そしてこの先、木手は仕事に生きることを決めたとは告げず、手塚とよく連絡していたのは仕事仲間であり海外でも会う約束をしているが、仕事場のライバルであるだけの仲だとは…知念に伝えなかった。

「(この方がいいんです。………ごめんね…知念くん…)」

今日の彼は死ぬほど格好良くて、俺もうっかり返事を返してしまうところだった。

所詮、ままごとだったのだ。
大人になっては通用しない。
仕事に対する情熱に生きると決めたから。

ふとフランスでは同性結婚は認められるのだろうかとよぎったが考えないように振り切った。
そして頭はもう夢へと切り替えた木手は、静かに一人空港へと向かっていった。



**********


「あい、寛…?」

田仁志は仕事場の窓から歩いている長い人影を捉える。
昼から天候は傾いて、地べたは隙間なく雨粒が埋められている。

こんな大雨で傘もささずに、何をしているんだろうかと思わず立ち上がったが、知念の身なりを見て固まった。

「(あの服は……)」

前にお洒落で高そうな店で買ったという服を着て見せてもらったことがある。
その服はとても大事そうに、汚れ一つ付かないように慎重に扱っていたのを今でもよく覚えている。

そんな大事なものを濡らすなんて、綺麗好きな知念に限ってありえない。

「(そういえば、今日は……)」

田仁志は木手を送る為に用意をしてきたのかと全てを悟って、今は話しかける雰囲気ではないと思い椅子に座り直した。


木手がいない今でも、時間は止まない。
あの頃の7人、一人一人が違う時を過ごしていても、同じように時は流れている。


fin.
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