ロイアイ小説U

□ほう
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「君にこれをあげよう」


オルセー将軍から薔薇の花束をもらった時は驚いた。



執務室に向かう途中の廊下の出来事だから尚更驚いた。
が、彼は私や大佐よりも地位が上の上官。

失礼にしては何が起こるかわからないし、彼に関してあまり良い噂を聞かない。刺激しないに越したことはない。



厄介なものに好かれてしまったと思いながらも「ありがとうございます」とそれを受けとった。



















薔薇の赤は好きだったのに。























「何だそれは」


部屋に入ると、花束を見た大佐が眉間に皺を寄せながら聞いた。



「先程頂いたんです」


「誰に?」




将軍に、と言おうと思ったが 大佐は私よりも、将軍に関しての悪い噂を知っているし彼らは仲が悪い。

大佐にとって、ハクロ将軍の次くらいに嫌な人じゃないかしら。



そんな人からもらったなんて言ったってどうせ悪口が返ってくるだけだし 色々と面倒。良く思わないんだし。








「…私のファン…とか言う方から」



「ほう」




言い訳にしては苦し過ぎただろうか。


とは思ったものの。





「ところでな」







…良かった。特に気にしていないみたい。















































仕事が終わったのは夕方で、空が美しいオレンジ色をしている頃だった。




「帰るか」


「お疲れ様です」





うーんと椅子に座ったまま伸びをした大佐にそう労いの言葉をかける。






「今日は早かっただろう」


「そうですね。何かご予定が?」


「…いや、別にそうじゃないさ。たまたま、早く帰りたい気分でな」


「でしたら真っすぐに帰って下さいね」


「…分かったよ」




はぁ、と溜め息をついて彼はコートを羽織る。



そして「じゃあな」と手を上げると、部屋を後にした。




そして私もしばらくしてから同様に部屋を出て、司令部の敷地から数歩出た。



…その時だった。












「やあホークアイ君」




司令部の外壁にもたれ掛かって待っていたのはオルセー将軍だった。







「オルセー将軍!…お仕事が沢山あったのでは?」






…また驚かされた。


まさかいるとは思っていなかった。






「そんなもの溜めるわけないではないか」











…ああ、なんて素敵な響き。


こんな言葉 一度でもいいから大佐から聞いてみたいわ












「早く終わらせて、君を食事に誘いに来た。…行ってくれるかい?」


「はい、ありがとうございます」







嬉しいわけじゃないけれど言う感謝の言葉。



分かってないわ




大佐だったら
気持ちの篭ってない表情なんてすぐに見破るから騙されないのよ

こんな作り笑いに。






将軍がわかるはずもないけれど。


































「ここは綺麗だからよく来るんだよ」




天井にガラスのシャンデリアがあり、周りもガラス張りの 素敵な高級レストラン。



メニューを見た時は、味より金額が気になってしまったほどだが せっかくの上官からのお誘いだからけちけちせず奮発してしまおう。










「ほら、美味いだろ?」


「そうですね。柔らかいし…」



あまり噛まなくてもとろけてしまうようなお肉や 色とりどりの食材の、目にも美味しい、美しい料理ばかりだった。


上品を心がけて、仕種まで気を遣った。



部下の躾がいき届いていない上官だ と大佐にとばっちりがいっては敵わない。






「…そういえば…失礼ですが、将軍」


「何だ?」


「どうして私などを誘ったのです?あなたほどの方ならさぞ素敵な方がいらっしゃいますでしょう?」




そもそも、あまり会わないし会話しないし。




私に近づけばそれだけ大佐にも近づくのだと分かっているでしょうに。









「前から気になっていてね」


「私が…ですか?何か粗相を致しましたでしょうか」


「違う、そうではなくてな」





軽く首を振った将軍の、短い栗色の髪が揺れる。




そして灰色の瞳に私を映して。








「君は大佐より私の部下になった方がいいと思うんだ」


「は?」




「だからな、私は君を大佐から貰おうと思う」


「…え?」





え、何、それ?


大佐から離れろと?



私に?







「君が…本気で好きでな」




「オルセー将軍…」







ただ、その瞳に本気の色を映した彼を見つめること以外に何もできなくて そこで考えは止まった。









「本気…ですか?」




愚問だ とでも言うように頷いた彼に、どうすることもできなくなった。





このとき私は困り果てていた。







何と言ったら、この人を傷つけずに断れるだろう


何と言ったら、この気持ちがうまく伝わるだろう






………。









「私は……申し訳ないですが、そんなつもりはないのです…」





すごく罪悪感がしてその顔を直視できず、瞳を伏せてなんとか声を出した。






将軍は予想外にも動揺して 分からない というような表情を浮かべた。










「どうしてだ?だって君は花束をもらってくれたじゃないか」



「…はい」



「受け取ってくれたではないか!!」



「ですが…」




「こ…こうして、食事にも応じてくれたじゃないか!好意を寄せてくれているが故のことではなかったのかい!?」



















「……大変申し訳ありません」




ぎゅっと唇を噛んで、膝の上に乗せた掌に力をいれる。






…そういう見方をされていたなんて思ってなかった。



勘違いさせてしまった原因は私にもあるんだわ










黙って俯いていると、やがてオルセー将軍は困ったように頭をかきながら大きく溜め息をついた。


そして
ぽつりと低く


































「……上官に恥をかかせるとはいい度胸だね、ホークアイ君」




と言った。








初めて聞く、その声の低さは一瞬体がびくりと震えるほどで。






そして彼はコップを手にとり、ばしゃ!! と勢いよく私に水をかけて出て行った。







去り際に放った彼の最後の言葉は

「君の大切な大佐を傷つけてやる」。




























びしょ濡れのまま、時折くしゃみをしながら帰路についた。





しんとした夜道の冷たさに指先まで冷えてしまって、表情と温度と言葉をなくしながら。










その寒さ故か
将軍の怒りの矛先が大佐に向かうであろうことに対する恐怖なのか

家に着いても眠りにつこうとしても、ずっと震えがとまらなかった。



























そして朝を迎えた













「はくしゅんっ!!」





目の前でくしゃみをされたからか
大佐は書類にサインをする手をぴたりととめ、執務室の彼のむかう机越しに立つ私の顔をじーっと見つめた。






「……風邪でもひいたか?」




「いえ、大丈夫です」



「その割には先程からずっとくしゃみをし続けているが?」


「大したことではないですよ」




そう言って彼を納得させようとしたが

返って不安にさせたのか




「昨日は何をしていたんだ?」


「え?」





「早くに終わったから君も定時に帰っただろう。それから布団も被らず寝たか?うたた寝か?」



「…プライベートな発言は控えさせていただきます」




「上官命令だ、言いなさい」


「職権乱…くしゅんっ!」



「ほらほら、全くもう君って人は」



大丈夫に見えないよ、と口をへの字にしてむすっとした彼は
歳の割に幼顔で何だか可愛らしく思えた。













そんな時に










コンコン












「どちらさまだ」


ドアに向かって声をかけた大佐は、まさか、入ってくる人物が彼だったなんて思いもしないだろう。






















「お邪魔するよ、マスタング大佐」


「これはオルセー将軍!失礼いたしました」




…私はなんとなく、そうではないかと思っていた。




将軍が纏うその空気に、やはりまた肩が僅かに震えてしまう。












「構わんよ。……君に用があってね」



「何でしょう?」




大佐はがたんと席を立ち敬礼をして、将軍の話へ耳を傾ける。
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