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□order1 「black・cafe 」
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 「・・・あの店か」

 街の中心から少し離れた幾分静かな場所に、その店はあった。

 人通りも交通量もあるにはあるが、それは街の中心の半分以下だ。
 地面にはタイルのような物が敷かれてはいるものの、木陰になっているので薄暗いイメージがある。

 ぽつんとそこに立つゴシック調のカフェ、扉の横には「black・cafe」の立て看板が怪しげに置かれていた。



†black・cafe



 「クリス・ガーター」

 そう呼ばれた男は、いつものようにかったるそうな表情で、自分を呼んだ上司のデスクの前に立った。

 「なんスか」

 長身で黒い短髪の男は、目の横まで伸びた前髪をうっとおしそうにして首を振った。
 上司に不機嫌な声で呼ばれたのにも関わらず、クリスと呼ばれた男はなんの躊躇も無くタバコの煙を吐き出し、けだるいオーラを隠そうともしていなかった。

 「・・・折り入って、君に聞いて欲しい話がある」

 「はあ」

 「いいかね、君はこの薬物グループ取締組織の一員として、なかなかにいい実績を残している」

 「そりゃどうも」

 「しかしだ」

 上司とおぼしきスーツの中年男性は、太い眉をぐっとひそめた。


 「君、この前の命令無視は一体何回目かね!?確かに、過去に君が機転を効かせて人命救助にまわってくれた時は感心したものの、あまりに勝手な行動が多過ぎる!」

 「だってしょうがないでしょう、今回俺ァあん時のリーダーの臆病な作戦にイラついたんです」

 「そういう事はリーダーになってから言いたまえ!」

 「やですよ、かったりィ」


 バンっと拳でデスクを叩くヒステリックな上司を前に、クリスはいたって冷静だった。
 礼儀という物を全くと言っていい程わきまえていないクリスをちらりと見て、上司の男は額に手を付き、地獄の底まで届くような深い溜息をついた。


 「・・・ガーター、君にはこんな事言いたくなかったんだが・・・あまりに酷いと私は君の首を切らなくてはいけなくなる」

 「そりゃ無いでしょう、俺の家庭はどうなるんです」

 「24年間独身だろうが!!」

 「それをシャウトしないで下さいよ」

 「君の諸事情なんぞ知るか!」

 「パワハラで訴えますよ」

 「いや、むしろこっちが精神的ダメージもらってるからね!・・・だいたい、警察や弁護士に世話になれる立場だと思っているのか?ガーター。我々は時に無許可で武器を振りかざす」

 「・・・ッチ」

 「まぁ聞け、ガーター。私も鬼じゃない」


 上司のその言葉に、クリスは眉を一瞬だけピクリと反応させた。
 彼の、ごく僅かな表情の変化だ。上司はそれに気付き、そして話し始めた。

 「我々もよく利用するエルゼ街があるだろう。そこから少し歩くとすぐにカフェが見えてくる。カフェの名前は“black・cafe”だ」

 「カフェ?」

 「そうだ。お前はそこに移転というのはどうだ?もちろん、君には薬物グループ取締役を続けて貰ってもいい」

 「ちょ、ちょっと待って下さいよ。何でカフェなんです」

 「昔、薬物グループがそこに小さな小屋を作り、薬物売買に利用していた所を、この組織の某社員達の活躍で取り締まったんだ。そして、二度とそこに薬物の関与が無くなるよう、カフェに改造して・・・その・・・なんだ。置いておけなくなった社員を派遣して、今まで継いで来た。そして今、カフェを経営する人材がいなくなってしまってな」

 「まァ、つまりは楽しい楽しい捨て犬ボックスって事ですね」

 「ひ、人聞きの悪い言い回しをするな!!」

 「図星ですね」


 明らかに先程よりも機嫌が悪そうな表情のクリスが、また再びタバコの煙を細く強く吐き出す。

 どことなくやりきれないといった感じの上司が、彼をフォローするように続けた。

 「私は君の事を別にどうでもいいとは言っていない。本当なら即刻クビにしてやってもいいんだぞ?そこを、カフェを経営するのを条件に免除してやろうと言うのだ」

 「・・・はん」

 「大丈夫だ、マニュアルもある、連絡も取れる。初心者が全て完璧にこなせるとは思っていない。これからも給料は半分支給する」

 「は、半分!?冗談でしょう今でもキツいんスよ!?」

 「そこは君、うまくカフェを流行らせてくれたまえよ。確か親譲りのカクテル作りの腕があるんだろう」

 「・・・・・ハゲ」

 「オイ今なんつった?何上司に地味な悪口面と向かって言ってんだコラ!」

 「・・・・・」

 「とにかく、我々が関与した場所でまた事件なんてあったらそれこそウチはまずい。・・・お前にお誂え向けだろう?静かで、行動もほぼ自由。上司もいない・・・」

 「・・・まァ。てか、俺一人でやれと?」

 「勝手に社員でもバイトでも募集してくれ。もちろん、危険な仕事であるという事を忘れるな。あ、あと君の相棒も同じ話を聞いている頃だろう」

 「相棒?」

 「彼は運動神経・射的ともにトップクラスで、君に同じく取締役として優秀だ。ただ」

 「ただ?」

 「・・・・壊滅的にバカなんだ。言う事を聞かないというより、命令の意味を理解してくれない・・・・」

 「無理に決まってんだろそんなのとカフェなんかやんの!」

 「君、生活がかかっているんだぞ!!」


 上司のこれ以上無い切り札に、クリスはぐっと押し黙る。

 少しの沈黙の後、上司はひとつ溜息をつくと、ポケットから紙を取り出しクリスに渡した。


 「地図だ」


 クリスは、その鋭い眼光で上司を一睨みすると、舌打ちを交えて上司から地図をひったくった。


 「・・・やってやらァ、お世話になりましたー!ハゲ上司様!」

 「てめっ、クビにしてやろうか!?地図返せ!」

 クリスの背に向けて叫ぶ上司を振り返りもせず、クリスはタバコを支えていない右手で地図をひらつかせながらオフィスを後にした。
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