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□order3 「その女、黒につき」
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「男子寮かここは」
午後の休憩時間の沈黙を空気も読まず破ったのは、店長であるクリスの唐突なつぶやきだった。
「何ですか急に・・・」
いきなり何を言うんだこの人は、といった調子で、困り顔のレイはサンドイッチを口に運ぶ手を止め、クリスの不満気な目を覗いた。
店長の意見には耳を貸さず、ただ涼しい顔で大量の食料を平らげているロイズには目もくれず、クリスはレイに向き直って話し始めた。
「カフェに女っ気一つねーってのはどういう事なんだよ」
「いや知りませんよそんな事」
これからじゃないですか、と、ほとんど一方的な不満にさえ真面目に切り返すレイに遠慮する事なく、クリスはタバコの煙を吐き出して続ける。
「もちろん俺の私的な欲求って訳じゃないぜ。9割以外はちゃんとした理由がある」
「9割はあんたの欲求じゃないですか!!」
「まぁその1割を聞け。多少でも女っ気があった方が、客も今よりかは増えるんじゃねーか?」
クリスの意見を聞いて、正直給料には苦労しているレイは、まぁそうですけど・・・と、弱々しく肯定した。
「だろ?それにそろそろ従業員を増やそうとしてたトコだ。次は女が入ってくれりゃ超したこたーねェ」
1割の正当な意見をかざすかのように言うクリスを、レイは軽く睨んだ。
が、もちろんその意見は反対しがたい物で、しかしblack・cafeの現実を理解しているレイは、ぐっとクリスににじり寄った。
「ダメですよクリスさん。その女性が使えるか使えないか以前の問題として、こんな危険な場所と知らされてわざわざ働きたいなんて女性いませんよ」
「そこなんだよな問題は」
フーッという幾度目かの煙を吐き出す音が、レイの耳に届きレイは少し苦い顔をした。
クリスは特に気に止める事もなく、先程の自分の言葉を紡いだ。
「女だからという訳じゃないが、戦闘技術にはハナッから期待しねー事だな。こんな場所、女なら働きたいってだけでありがてェぐらいだからな」
「難しいと思いますけどね・・・」
そう言ってもぐもぐとサンドイッチを消費していくレイから目線を反らし、クリスは今度は絶賛穀潰し中のロイズに目線を向けた。
「おいちょっとオメー女ひっ捕まえて来いよ、楽勝だろ」
お前は頭はカラだか顔はいいんだから、と褒めているのかどうか微妙な言葉を付け足したクリスに対して、ロイズは今目の前にある食料にしか興味は無いといった表情で、「えー、めんどい」と返した。
軽く舌打ちするクリスを見て、レイは何だかなもうと、ほとんど呆れたようにランチボックスを片付ける。
と、いきなりのクリスの発言がレイを刺す。
「んじゃオメー行けやレイ」
「はぁあっ!?無理に決まってるじゃないですか!」
「午後休んでいいから」
「無・理・で・す!」
はっきりと拒否するレイは、半ば慌てているようだった。
「クリスさんが行けばいいじゃないですか!俺なんかよりよっぽど女性慣れしてそうだし!」
「そうでもねェよ」
「嘘だ!絶対昔色々あった顔だもん!!」
そんなちょっとした口論の後、レイはふぅっと息を吐いて続けた。
「・・・とにかく、やっぱり勧誘とかはやめておきましょうよ」
「あ?何で」
「それってつまり、女性に“危険な仕事だけど来ないか”って誘ってるようなモンじゃないですか。俺はそれには反対ですよ。こっちから見知らぬ女の人を危険にさらすようなマネは・・・」
――フェミニスト発動。
そうクリスが心の中でつぶやいたのを知ってか知らずか、レイは真剣な面持ちでクリスに意見を語った。
あ、ロイズが空気だ。まぁいいや。
「そんな訳でクリスさん、午後の仕事に取り掛かりま・・・」
「・・・・・ひでぇ」
一時間前の「取り掛かりましょう」の台詞を全て言い切れなかったレイは今、エルゼ街中央付近のとある飲食店で、一人テーブルに突っ伏していた。
店の紹介文がいくつか書かれたプリントを持たされ、鞄一つで女性勧誘の旅にほぼ強制的に駆り出されたレイは、そこいらの飲食店で腐る他にするべき事が見つからずただ紅茶が冷めていく空間に身を任せていた。
半泣きのような表情で少し顔を上げ、きょろりと店内を見渡すレイ。なるほど客の半分近い数の女性客がいる店だが、思った通り恋人を連れた女性や友達と会話を楽しむ女性ばかりで、わざわざblack・cafeに働きに来てくれそうな人など見当たらない。
当然と言ったら当然な風景に、苦労人レイは深いため息をつき、帰った時のクリスへの弁解だけを考えていた。
――と。レイの視線の端に、一人の女性がとまった。
(・・・うわ。美人だけどなんか不思議な人だなぁ・・・)
レイが見つけたその女性にそのような感想を持ったのは、おそらくレイだけではなくその女性を見た人ほとんどに当てはまるだろう。
それもそのはず、整った顔立ちを隠すかのような長く真っ直ぐな黒髪。
全身を黒い衣服で包んだその姿は、綺麗だがどこかに不気味さを孕んでいる。
店の明るいムードに対照的なその女性はやはり一人であり、そしてコーヒーを飲むだけの行動が人目を引き付けるような、目立つというよりかは“影”があるようなイメージだった。