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□order5 「お仕事」
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閉店間際のblack・cafeにはほとんどいないと言っていい程の人数しかいなかった。
ほとんどというのは、つまり店内には、店長であるクリスと、一人の痩せた男性客しかいなかった。
先程、といっても小1時間程前まで客足は上々だった。
女店員のジーナが痴漢をシバいた事以外はたいしたトラブルも無く、むしろクリス達も痴漢への暴挙に加担していた。
昼から夜にかけての接客は、完璧かつなかなか忙しい物だったと言っていいだろう。
気分が乗ったのか、珍しくクリスがパフォーマンスを披露していた。
black・cafeのメンバーはそれぞれ特技と言える物を持っている個性的なメンバーだが、クリスの場合その特技は“カクテル”と、それに関して“カクテルパフォーマンス”だったのだ。
親から仕込まれたカクテル作りの腕はもちろん、持ち前の運動神経でクリスはほぼプロ級のパフォーマーのセンスを取得していた。 カクテルを作る際に、ジャグリングのようにシェーカーを投げたり、グラスを回したり、シェーカーやグラスを自在に操りカクテルを作る様は美しく女性客に絶大な人気を誇っていた。
一人の女性客のグラスに綺麗な色のカクテルを注ぎながら「レディキラーのカクテル・ルシアン」とキザっぽくクリスが呟くのをレイは引き気味に見ていた。と、同時に「あぁ、あの周辺の女性客はリピーターになるなぁ」とも確信せざるをえなかった。
そんな盛況振りが嘘のようになった店内では、例の男がまだ居座っている。
どうせこれ以上誰も来ないからと、ロイズ、レイ、ジーナは先に帰してあるのだが。その通り誰も来はしないが、男は閉店時間を過ぎた今でも俯きがちに座っている。
多少の事ならblack・cafeでは大目に見ているのだが、5分10分と時を刻むにつれて、気が短いクリスは苛々し始めとうとう男に声をかけるに至った。
「・・・お客さん、もう看板なんスけど」
言って、様子を伺う。
男は、ゆっくりと顔を上げた。
前述した通り、痩せた男だった。いや、痩せこけていた。
悪魔のような落ち窪んだ目に、顔にかかる影が不気味だった。
「あぁ・・・・・すいません。すいませんねぇ・・・すいません・・・お兄さん、ねぇ・・・すいません・・・・・」
何度も何度も「すいません」を繰り返す男に、クリスは若干異様さを覚えた。
(・・・コイツ、まさか・・・)
クリスが考えるのを妨げるように、男はまだまくし立てるように謝罪している。
「すぐ出ますんで、ねぇ・・・いや、ホント・・・すいません、すいませんねぇ・・・ここにいろ、ここにいろって煩いんですよ、コイツが、ねぇ・・・すいませんねお兄さん・・・すいません・・・ふふふ・・・す、すいませ」
クリスのそれは確信に変わった・・・この瞬間、背筋がゾクリと寒くなる感覚にはクリスでさえ今だに慣れない。
「・・・やってやがるな」
低く、怪訝そうに呟くクリスの表情に触発されたのが、男が急にわめき出した。
「・・・い、いぎゃぁあああ、虫、虫・・・!まただ、また這って来やがった!!止めろ、止めてくれェエエ!!こっちに来るな!腕に頭に足に顔に背中に腹に全部、全部だ!!」
「おい来やがれてめぇ!!」
ガタンと椅子から立ち上がって、錯乱する男にクリスがカウンターを飛び越え掴みかかった。
「ひっ、嫌だ来るな!煩い、煩い煩い黙れ黙れ黙れ!!」
その他意味不明な事を叫びまくる男の腕をクリスは強引に掴む。
抵抗する男を軽くあしらいつつ、クリスは男の服の袖を無理矢理まくった。
「・・・やっぱりポンプやってやがったな」
男の骨と皮だけのような腕には、いくつも針で刺したような跡が残っていた。
ポンプ(注射機)で薬物を取り込んでいた事のこれは紛れも無い証拠だった。