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□order1 「black・cafe 」
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「・・・にしても、ホントに寂しい場所にあんだな。まぁ、カフェが表の顔、薬物グループ取締が目的の裏があんじゃ、仕方ねェか」
荷物をまとめたケースを持ったクリスは、そうつぶやいた。そうだ。上司は“二度と薬物の関与が無いように”なんて言い方をしたが、それだけではなく、このあたりが“薬物グループが多い場所”という事実からして、カフェは基地のような物に過ぎないのだろう。そういえば、危険な仕事である事に変わりは無いらしいのだ。
面倒な事になったな、と頭をかくクリス。辺りを見回すと、なるほどエルゼの町並みがすぐ目に飛び込んで来る。
一方ここは華やかな町並みとは対照的な場所にある。客、来るのか?という不安が一瞬クリスの脳裏をよぎった。
「・・・今流行りの隠れ家的なアレか?」
しかめっ面で独り言を言うクリスがくわえたタバコの煙が、時間の経過と共に木々の間に抜けて行く。
「・・・とりあえず、近く行ってみっか」
少し離れた所に見えるカフェに向かい、クリスは歩を進めた。
歩く度に、足元に落ちている葉や枝が小気味の良い音を出した。
店までの距離は、歩き出した時のあと半分程・・・その時、クリスは何らかの気配を感じた。
戦闘員のカンが働き、一瞬動きを静止して辺りの様子を伺う。
―――誰もいない。
重苦しい緊張感が数秒間辺りを支配する。
しかし、特に店周辺の雑木林には何の変化も無く、シーンという効果音が似合う状況に終止符を打つように、クリスはゆっくりと体の緊張を抜き、またタバコの煙をくゆらせる。
一通り煙を外に追い出した後、クリスはまた歩き出そうとした。
パキッ。
クリスが踏んだ枝の折れる音が響いた、まさにその瞬間。
「そこか」
クリスよりも幾分かよく通る声と共に、ガチャリという銃を構える乾いた音がした。
「!?」
ガバッと振り向き戦闘体制を取るクリス。もともときつい眼光をさらにギッと細めて、睨み上げるように顎を引いた。
クリスが睨んだ先には、一人の男がいた。
まだ二十歳にも満たないような若い男だった。“少年”と呼べない事もない。
金髪に近い茶髪で、前髪は長く眉と眉の間から左に流れている。
整った綺麗な顔には何の危険性も感じない爽やかさがあったが、右手に握っている銃の銃口は、間違いなくクリスに向けている。
「・・・・ンだ、テメーは?」
警戒心を含んだ低音でそう言い放ったクリスを、男は機嫌が良さそうでも悪そうでもない無表情でしばし見つめた。
そして、ゆっくりと銃を下ろすと、クリスの反撃を疑う事も無く、それをベルトのピストル用ポケットに戻した。
「・・・わり」
簡単に謝ると、まだあどけなさを残した男が今度はポケットからチョコレートを取り出して躊躇無く食べ始めたので、クリスは柄にも無く呆気にとられてしまった。
「人がいるとは思わなかった。アレがまた出たのかと思ってな」
「・・・アレ?・・・・ってか、何だお前」
「俺か?」
銃を構えられた相手だというのに、全く迫力も敵意も無い相手はいたってマイペースだった。チョコレートをすでに半分以上食べ切っている男は、綺麗な顔にチョコレートがつくのも気にせず自己紹介を始めた。
「俺はロイズ・レイディアス。よく言われる言葉は“見かけ倒し”だ」
「知らねェよ」
半ば呆れたようにクリスが突っ込む。その時ロイズと名乗った男はもうチョコレートを完食していて、何故か今度は、何処から取り出したのかフランクフルト的な何かを頬張っていた。
――オイオイ、食う順番逆だろ。てか、食い過ぎ。
口に出すのはめんどくさかったクリスが心の中でそう思った時、今度はロイズが聞いた。
「お前は何してんだ?」
「・・・俺は」
クリスが言いかけた時、クリスの目の先に、男が数人集まっているのが見えてクリスははっと言葉を止めた。
向こうはこっちに全く気が付いていない。男達の、独特の緊張感、独特の動き・・・
クリスはすでに、薬物取締役としての直感が核心になるのを感じていた。
ス、と一人の男がポケットから取り出した白い紙袋を見た瞬間には、クリスはロイズにそこで待ってろと叫んで走り出していた。
クリスの足音に気が付いた何人かがこっちを見た時、クリスは風のような動きで男と男の間を抜い、足を止めた時にはクリスの手に紙袋が渡っていた。
「・・・やっぱりクロだな、オメーら。悪ィがしょっぴかせてもらうぜ」
もてあそぶように、紙袋をポンポンと軽く上下運動させたクリスに、男達が一気にかかって来た。
ナイフやメリケンをほぼ全員が持っていて、クリスの圧倒的不利な状況に思えたが、細く筋肉質な体を反らしナイフの軌跡をかわした後、間髪入れずに男の腹部にクリスのサイドキックが入る。
そのまま後方にタバコを吹いて飛ばすと、タバコにバランスを崩された別の男にフックキックをして地面に倒れ込ませた。
――コリャ、武器を出すまでもねェな。
心の中でそうつぶやき、残った男達を一睨みすると、怯んだ男達がビクリと距離を置いた。
さらに男達に突っ込み、一人にリアアッパーカットを放ちさらに膝で男の腹部を蹴り上げダウンさせる。
残り3人の気配が後方に移動した。それに気付いたクリスが攻撃をかわそうと振り向く。
―――と。
既にその3人の男は足、肩、腰それぞれ急所を外した場所から血を流していて、クリスが我に帰った時にはドサリと地面に落ちてぐったりしてしまった。
クリスが顔を上げると、そこには菓子パンをくわえて、またも無表情に銃を構えるロイズの姿があった。
「・・・お前・・・なかなかやるな」
「だろ」
カチャリと銃をしまったロイズに近寄り、クリスは口を開いた。
「言い忘れてたな。俺はクリス・ガーター。今日からあのカフェで働くヤクの取締役だ」
ズボンのポケットに手を入れたクリスは、顎でその店を示した。
すると、ロイズはクリスに向かって、口をもぐもぐ動かしながら、さらっと言ってのけた。
「・・・ああ、お前か。俺の相棒って」
「・・・・・・は?」
運動神経がよくて、
射的の名人で、
――壊滅的に、バカ。
「はああああっ!?」
「ホラ、早くいこーぜクリスー。んで、何だっけ?何すりゃいいの?食事?」
「おい、待っ・・・」
さっさと店に入って行ったロイズに続いて、クリスが店に入った瞬間、激しい銃声と共に、銃弾が飛び交った。
「うわあああああああ出たああああ!!!」
「うおあああッ!!」
何とか銃弾を避けて、クリスはあっという間に店内を酷く荒らした張本人に向かって叫んだ。
「てめっ、何してやがんだ!」
「アレアレアレアレ!!アレが出たアアア!」
全く表情が変わらないと思われたロイズの慌てように、クリスが何事かとロイズが示した方をみると、そこには一匹のゴキブリがいた。
「いやだよオイちょっと何この店かえりてーよアレがでたよ!まさかクモはいない!?カマキリは!?いないよな!?いないと言えエエエエ!!」
(・・・・・ウソだろ?コイツが、俺の・・・相棒・・・?)
へたり込むクリスを尻目に、カフェにはロイズのわめき声と、銃弾の熱が立てるシュ〜っという音だけが辺りを支配していた。
order1 「black・cafe」
end