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□order3 「その女、黒につき」
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しばし視線にその女性を残したレイは、ふっと視線をその女性から外そうとして目を動かした・・・が、レイの眼中に、少々気になる人物が入って来たので再び視線を向けた。
その人物とは、レイの知り合いでも友達でもない、まさに“知らない人”であったが、その人物が女性にずいっと近づき話しかけ始めた為に興味がいった。
「ね、一人?寂しーーね!暇なら俺と遊ぼうよ」
――あー、ナンパか・・・
何で初対面の人に、しかもあんな無作法に声をかけるのかと少々レイが不愉快な気分になっている時、女性の落ち着いた抑揚の無い声が聞こえて来てついレイは聞き耳を立てた。
「すいません、そーゆーのはちょっと」
軽く会釈をするように頭を小さく下げて断る女性に、男は図々しいぐらいに食い下がって来た。
「いーじゃん一人っしょー?てか何、全身真っ黒じゃーんゴスロリ?そーゆー店あるから来いよ」
「遠慮します」
女性は淡々と返しているが、男はむしろ苛立ちを帯びた口調に近づいて来ていて、周りの客はハラハラし始めてはいるが、助けに入る勇気のある者は今だいない状況だ。
ざわつき始める店内の空気に逆なでされたのか否か、男は女性の腕を乱暴に掴み、今までになく声を張り上げた。
「来いっつってんだよ!ちっとも可愛くねーな!!」
と、悪乗りも甚だしい男の態度についに何かが切れたレイが勢いよく椅子を立った。数人がレイに視線を向けたがレイは気にせずつかつかと女性達のテーブルへ向かっていった。
「ちょっと・・・」
レイが言いかけた時にはすでに女性の方も切れていて、男に掴まれた腕を振り払って、大人しい態度から一変、「遠慮するっつってんだよコラ!!」と悪態をついていて、レイと周りの客が一体、少々怯んでしまった。
「!?」
女性の予想外の男らしさにレイが凄んでいる間にも、男が何か喚いているので、はっと我に帰ったレイが改めて男に向かって言った。
「・・・あの、ちょっと!やめて下さいよ嫌がってるじゃないですか!」
臆病だが正義感は人一倍あるレイは、内心焦りながらもきっぱりと男に言い放った。
自分より一回り体格のいい相手を下から睨みつけるように見上げたレイに、男は案の定「んだよてめぇは!!」といったような暴言を吐きながらレイに顔を近づけた。
その時。女性が口を開いた。
「あぁすいません、でも大丈夫ですよ。こんな奴私一人で」
「・・・・・へ?」
予想外リターンズな発言をする女性に、レイ、そして今までやり取りを見ていた客全員が“ポカン”という表情になった。
「あー!?んだこのアマ!!やる気かボケ!」
「上等だ」
指をパキパキと鳴らすガラの悪い不良に対抗するかのように、首を捻って音を出す女性。二人はレイに背を向けた。
「あああちょっと!ちょっと!!」
必死の呼びかけをするレイの声は店内に響いた。
「・・・すいませんね〜、話つけてもらっちゃって・・・」
「あ、いや・・・はは・・・」
結局、あれからレイが何とか喧嘩を仲立ちし、警察には通報しないという条件を提示しその場で謝らせて事件は事なきを得た。
「い、勇ましいですね」
「・・・つい腹が立ったモンで」
ジーナ・ダークアイと名乗った女性は、レイと同じテーブルでコーヒーを掻き回しながら苦笑いを浮かべた。
「えーっとすいません、ジーナさん・・・は、今いくつです?」
「18ですけど」
「あ、じゃあ俺と同い年だから普通でいいよ」
「あ、そうスか、じゃあ」
同い年という事で敬語を取りやめていいと提案したレイに、ジーナは話し方を通常のものに改めた。
「普通でいいんだな」
意外にもジーナの話し方は男性的で、話の内容から感じ取れるイメージも乙女などとは形容しがたい物だった。
なんつーか・・・まだ見た目と中身のギャップに慣れないなぁ・・・。
レイがそう考えている時、ジーナがレイに話しかけた。
「あ、あのー・・・すまん。いや、ありがとう・・・ございました」
「え?あぁ、いいよいいよ全然」
ぎこちなく感謝したジーナの、左目の下にホクロのある顔はいたって無表情ではあったが、目を逸らしツンとした表情から察するに、多少素直になるのが苦手な人なのだろうとレイは解釈した。
ジーナが続ける。
「あの、何してんの?」
「へ?」
「あ、いや。なんか平日の昼間だったから気になって」
「あぁ、なるほどね」
レイがジーナの質問の意味を理解した後、えーと、と少し考えてから答えた。
「まぁ・・・俺一応仕事ついてんだけどさ、勧誘行って来い、みたいな?クリスさんに言われてウロウロしてんの」
「クリスチャン?宗教?」
「あ、ごめん。クリスさんて店長の名前なんだけど」
「あぁ、クリスか」
「そう、クリス。そういうジーナちゃんは何してんの?」
レイが聞いた時、一瞬ジーナが固まった。
「・・・」
あ、もしかしてうっかり呼んじゃった“ちゃん”付けが嫌だったのかな。なんか男気質な感じのコだしな・・・と、レイが少し気にして訂正しようとした時、ジーナが小さな苦笑いのような表情を浮かべて言った。
「・・・いや〜、実は私今、夢追い型のニートでねぇ・・・」
「あ、そうなの?」
そうは見えなかったので少し驚いたレイに、ジーナは少し前までは高校生をしていた事と、今はバイトをしながら夢を追いかけている事などを説明した。
そこで生まれたレイの疑問。
「・・・で、そのジーナちゃんの夢って何なの?」
興味津々といった様子で聞かれたジーナは、少し口をつむんだ後前置きを言い出した。
「・・・あまり現実的じゃないぞ」
「いい事じゃない」
「ちょっとくだらないと思うかもしれないぞ」
「それ追っかけてるんでしょ?立派立派」
「・・・・・」
ジーナは、一呼吸置いて口を割った。
「・・・・・漫画家とか」
「へーっ、意外〜!すごいねー!」
半ば感動したように声を上げるレイに、ジーナはやめてくれといった表情をした。
全く絵は上手くないんだけどな、と謙遜するジーナを見て、レイの中にある考えが浮かんだ。
次の瞬間、ジーナの口から出た「あー、マンガ描く暇がある就職口ねーかなー」という言葉で、レイのそれは実行の段階に移った。
「あ!!じゃ、じゃあカフェとか・・・」
「いーねぇカフェ。そーゆーの探してんだよねぇ。まぁ、今更無いけどな就職口なんか」
ジーナがそう言うと、レイはぱっと明るい表情をして、
「だったらさ、俺の店なんだけど!」
とカフェの説明が書かれた紙を鞄から取り出してそれを渡そうとした。
・・・が、すぐはっとして鞄に手を入れた状態でレイの動きは止まった。
ジーナの頭の上に疑問符が浮かぶ中、レイは自分の行動を呪った。
真面目なレイにとって、少し仲良くなった女性を危険な仕事に勧誘しようとした事実は、かなりの罪悪感を伴う結果となった。
「・・・なんだよ」
「・・・いや、ゴメン。なんでも」
「いいよ、見せてみ」
「あー・・・ちょっと実はこの事、バラされるとちょっとマズイんだよね」
「口は堅いから。つーかむしろ見せないとバラす」
「しまっ・・・!!」
少々絶望的なレイを尻目に、ジーナは勝手にレイの鞄からプリントを取り出し目を通した。
そこにはblack・cafeの正体と仕事内容などが書かれている訳で、レイからはプリントがジーナの顔を隠している為表情はわからないが、ジーナは終始無言だった。
「・・・そういう危険な仕事だからさ。ごめんね、今までの事は忘れてくれていいから」
取り繕った笑顔で手を振るレイだったが、ジーナが何かぶつぶつ言っているようなので耳を傾けた。
「・・・・・黒いカフェ・・・表と裏・・・戦闘アリ・・・アットホーム・・・女顔の勧誘員・・・エトセトラ」
「・・・は?」
何だ?とレイが首を傾げると、ジーナはゆっくりとプリントを下ろしながら言った。
「・・・こんな中二な素敵な就職口・・・この次元にあったのか・・・」
レイの見間違いでなければ、そういったジーナの目は今までになく輝いていた。
「ジーナ・ダークアイです。趣味は二次げ・・・絵とか描く事です。よろしくお願いします」
「採用」
ボールペンをカチッとしまい即座に採用を決定したクリスと、少々拍子抜けしたジーナのいる部屋の外には、「俺は止めた俺は止めた、何かあっても責任は取れないと言った」と繰り返すレイと、「けっこう堅いな」と無表情でパンを食べるロイズの姿があった。
order3 「その女、黒につき」
end