main

□order5 「お仕事」
2ページ/2ページ

 「オイ、何処で手に入れやがった?仲間は?アァ!?」

 「知らない!俺は何も知らない、煩い煩い煩い!!嫌だ来るな来るな来るな!!!」

 全く要領を得ない上、相変わらず意味不明だ。錯乱状態の男に、クリスが舌打ちする。
 このままじゃラチがあかないと判断し、クリスは実力行使に出る事にした。

 元々、こういう物騒な組織なのだ。

 男の腹部に、クリスの蹴りが横向きにめり込み、途端男はクリスのくわえたタバコの煙を揺らめかせながら、カフェの扉を壊す勢いで外に飛び出した。

 「残業かよ」

 苦々しくそう呟き、クリスが外に駆け出すと、そこには数人の男達がいた。
 たった今の衝撃音に集まったのだろう、気絶している痩せた男を取り囲むようにして立っていた。

 この店の周辺で、あるいは雑木林に隠れて薬物をキメていたのだろうか、そしてあの男は、休憩にと団体を抜け出して店に来ていたのだろうか。確認する術は無い。

 ただ確かなのは、そこにいる男達全員が薬物を体に取り込んでいるという事だった。
 全員、目に生気が感じられず、この世の者では無いような表情をしていた。

 反射的に逃げ出す男達をあしらうように、クリスが一人の男の前に踊り出る。
 クリスに思いっ切り蹴り込まれた男は、後ろにいた男にぶつかりつつ倒れ込んだ。

 後ろから羽交い締めにされたが、それはクリスにとって水平肘打ちをしやすくするだけの行為だった。
 脇腹に衝撃を与え、敵の手が緩んだ瞬間振り向いて振りかぶるように頬を殴る。一瞬で男がまた一人地面に伏した。

 その間にも、先程転んだだけの男が逃げようとしていたが、咄嗟にクリスが足を払い男のバランスを崩し、そして後ろから地面に押し付けるように肘で打ち意識を失わせた。男はそのまま前のめりに倒れて動かなくなった。

 あらかた片付いたと思われたクリスが遠くに視線をやると。

 「・・・ちっ、1匹逃がしたか」

 夜道の彼方、一人の男が逃げ去る後ろ姿を見つけ、クリスはタバコを憎らしげに吐き出した。

 と、クリスの視線の隅に、影がひとつ映った。

 「・・・ん?」

 それは、地面に座り込み顔を手で覆っている状態の、一人の女だった。

 クリスがゆっくりと歩み寄る。女は泣いているようだった。

 長年のカンと、女の腕の傷跡からして、女も先程の男達の仲間だと言う事は明確だった。
 その場で気絶させしょっぴくのは簡単だったが、クリスはそうはしなかった。

 「・・・オイ、立てるか」

 クリスの問いに、女は細い肩をピクリと震わせ、一瞬の間を置いた後しゃくり上げながら話し出した。

 「・・・・・あ、あの、ごめんなさい・・・もう薬辞めますから許して下さい・・・・・無理なら、自分で警察に行きますから・・・許して・・・・」

 「・・・・・」

 黙って女のとぎれとぎれの話を聞いていたクリス。クリスの中に、どうとも取れない虚無感が流れる。まぁ、初めてでは無いが。

 女に同情しただけという訳でも無いが、クリスが手を出さずにいた次の瞬間。

 「・・・うわぁああああああ!!!」

 油断させていたのか、女がいきなり隠し持っていたナイフを振り上げた。

 刹那。

 月明かりに照らされ、また一人地面に倒れ込んだ事が明確になる。
 その、地面に伏すむなしい音だけが響くと、また無音の世界が訪れた。

 「・・・・・・」

 ザッと立ち上がったのは、クリスだった。
 女は、クリスの手刀を首に入れられ気を失っていた。

 クリスがポケットからライターを取り出し、手で壁を作りながら再びタバコに火をつけた。

 ライターの着火の音さえも大きく響く、静かな夜だった。

 フーッと大きく煙を吐き出した後、クリスはケータイを乱暴に開き、電話帳から組織に連絡を入れた。

 数回のコールの後、ようやく組織に繋がったクリスの開口一番が「よぅ、クソ上司」だった。

 この上司に連絡が繋がったのは久しぶりだ、などと考えながら、少々怒られた後にクリスは状況報告を行った。

 「えぇ、いつもの場所です。・・・はい、ヤク中が・・・5人ってトコですかね。じゃ、いつも通りサツへの連絡と確保は任せましたよ。・・・えぇ、ポンプでした」
 一通り状況報告を終え、それじゃ、と切ろうとするクリス。
 新しいタバコの煙が、ゆっくりと月に向かって行く。

 まだ、上司の話は続いているようだった。クリスはけだるそうに受け答えをしていたが、急にふっと寂し気に微笑を浮かべると、受話器の向こうの上司が言ったであろう設問に答えた。


 「・・・慣れましたよ、いつもの事っスから」


 言って、また少し受け答えをし、今度こそクリスは電話を切り、疲れがどっと出たとでも言うようにまた煙を深く吐き出した。

 と、何処からかクリスを呼ぶ声がする。

 「クーリースーー」

 「?」

 その抑揚の無い声が、ハンバーガー片手に駆け寄るロイズの物だと気付いた瞬間、クリスは寂し気な雰囲気から、いつもの冷たい怪訝な表情に打って変わった。

 「ロイズ!?何でこんな時間にいやがんだ」

 「いや、ケータイ店に忘れちまってよ・・・ちょっと店入っていー?」

 やれやれ、とでも言うかのように吐き出される煙は、先程までのクリスのそれとは全く違った印象を放っていた。

 「しっかり鍵確認して帰れよ」

 「御意」


 ロイズの後ろ姿を確認したクリスは、人知れず仕事をこなした疲れを理由に一人帰路につく事にした。

 途中、雑木林の中に自分が放置した人影がいくつか見えた事以外、いつもと何ら変わらない、静かな夜だった。



order5 「お仕事」
end
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ