承花
□星になれ
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「昔、僕が子供の頃祖母が亡くなった時に母が言っていたんだけど」
ホテルのベランダで、背中を向けて柵に寄りかかりながら承太郎が煙草を吸っていると、風呂上がりの花京院が隣に並んで唐突につぶやいた。
夜空を見上げて言うので、承太郎はそのまま上を見上げた。視界いっぱいに星が広がっている。日本よりも、明らかに見える数は違っていた。とはいっても、見える数など到底数える気はないのだが。
「母だけじゃないな、みんなだ。みんな同じことを言った。死人は星になるのだと」
滴る前髪の水分を、タオルで丁寧に拭き取る花京院に視線を移すと、元々憂いを帯びた眉がわずかに寄ったのがわかる。
「星の名前がわからないのに星になれだなんて、恐ろしいよ」
「?……そういうことは、考えたこともなかったな」
「何故人は死してなお輝くよう願うのだろう。どの星になったか、なんてわかりやしないし非現実的だし。ましてやその人間に縛り付けられてしまうのに」
「そんなの単純だろ」
柵に置いておいた灰皿に煙草を押し付けると、承太郎はポケットに手を入れて再び空を見上げる。
「失いたくねーからだ。肉の塊がすっかり灰になっちまって、形を失ったものは記憶となって……記憶すら風化しても、失いたくねえんだよ。だからいつも空にある星になっていてくれと願うのさ」
「失いたく、ない……」
「本当はお前も探してるんじゃねえのか?」
「……」
よ、と姿勢を正して承太郎は柵から離れる。窓を開けて部屋へ戻ろうとした瞬間、花京院が咄嗟に承太郎の腕を掴んだ。
「じゃあ、もし、僕が星になったら!」
「……」
花京院の湿ったタオルが床に落ちる。承太郎が振り返ると、彼が必死な顔で見つめていた。
「君は………君は、探してくれるのか?風化するのを、恐れて、くれるかい?」
花京院は口を閉じる。本当に必死だった。認めてくれる人を求め続けていた彼の、初めて口に出した誰かに忘れ去られることの不安。彼は祖母を想いながら、自分の「死後」を恐れている。
承太郎はそっと掴まれなかった掌を花京院の頭に乗せた。
「探すも何も、ずっと一緒にいるんじゃねえのかよ」
承太郎が僅かに微笑む。
たったその一言に驚いた花京院が、するり、と腕を下ろした。
「ありがとう……うん、そうだった」
次に彼は、安心したように笑顔を見せたのだった。
それから、既に数年の時を過ごした。
承太郎は一人、実家の縁側で星を眺める。この人生の間、長い時間見つめたものは、海と、娘と、星だ。承太郎はそう考える。
どの星が彼か、なんてわかりはしなかった。毎晩空を見上げたけれど、一つ一つ輝いていて見つかりはしない。どこか違う国へ行けば、緑色に光る星はあるのだろうか。
だが、それで良かった。もしあの夜空の中に花京院を見つけたら、彼の元へ行こうとしてしまうかもしれない。
(あと数十年はお預けだな)
「ねえ、明日はかきょーいんのお墓いくんでしょ」
徐倫が駆け寄って背中に抱き着く。今日は彼の命日のために日本へ来ていた。
「ああ」
「父さんのお友だち、かきょーいん」
「そうだ」
「かきょーいんのお友だちは、父さん」
「正解だ」
「じゃあさ、こんなとこいたら風邪ひいて行けなくなっちゃうよ。それにアメリカ帰ってママに叱られちゃう」
ぐい、と背中から服を掴まれて引っ張られる。伸びては困る、と承太郎は徐倫を制した。
「わかったわかった、立ち上がる」
承太郎は立ち上がり、徐倫の頭を撫でる。
いつか自分も、探そうとされる日が来るのだろうか。
(それは自惚れか)
徐倫の小さな手に触れる。自惚れだとしても、燃えるような子供の体温に今の所星になる気はさらさら無いことを感じた。
了