小話部屋


□時の螺旋 表裏のコインの内側に
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 扉を開けると、其処にいたのは見たことのない女性だった。けれど、さっきまで見ていた少女と同じ紫電の瞳をしていた。

「──あら、珍しいお客さんね」
「……」

 此処は何処なのか、とか
 貴女は誰なのか、とか

 疑問は直ぐに浮かんだのに口から出る事はなかった。でも、聞かなくても判ることはある。彼女は、盲目だ。

「私は、カイヤ・ウィスティリア・ゴーントと言うのだけれど…貴方のお名前は?」
「──ゴーント…?!」

 彼女は、盲目の瞳で僕に向かって優しく微笑んだ。そして、慈しむように頷く。膝には、彼女と同じ髪色をした少女が眠っていた。

「その子は──…」

 眠っているけれど、判る。紛れもない、僕の絶対無二の存在。あの少女だった。

「あぁ、この子は…私の娘よ。名前はアキラというの」
「アキ…ラ」
「日本で“夜明け”を意味する字をつけて貰ったわ。私を引き取ってくれた方に。これからこの子に訪れる試練に負けないように、と」


 少女は涙に濡れたまま、深い眠りについているようだった。そして、カイヤはそんな少女をいとおしそうに深く抱き締めた後、忘却呪文を呟いた。

「…なぜ」
「──…これが、この子の為だから」


 アキラの記憶を消すことが、何故彼女の為になるんだ。そもそも、何故彼女はあんなにも泣き腫らした瞳で寝ているんだ。
 僕には、カイヤの思考が理解できなかった。

「…私達のようなものにとって夢の世界に、境界はない。だから、貴方はきっと判らないと思うけれど…“今、私がいる世界には魔法が存在していない”のよ」
「…え?」

 彼女はゆっくりと少女を抱き上げると、まるで羽根を舞い上げるように空中に浮かした。そして、何かを呟いて彼女に向けて杖を叩いた。先端からは淡い桜色の光が溢れ彼女を包むと、彼女を何処かに消してしまった。

「…私は、異世界へ渡ったの。偶然の事故だったのだけれどね」
「…それは…」
「…メローピーは、大丈夫かしら。心配だわ…」

 彼女が呟いた名前に、心臓が握られるような痛さが走った。何故、彼女の口からあの人の名前が出てくるんだ。

「メローピーはね、本当はスクイブなんかじゃないのよ。あの子は力が強すぎて、あの子に合った杖が見付からなかっただけ…それなのに、叔父様は彼女をスクイブ扱いしていたわ」

 本当に、優しくて強い魔女だったんだと…カイヤは言った。


 
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