でゅららら

□紅茶とミルク
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「オイ手前、そこで何やってんだ」

「え…なん、で?」


俺は約20分前に紀田正臣と接触し、話をしていた。

まあ、途中で一発殴られたけど、「昔の俺はどうかしていた。俺は彼に殴られても仕方ない。」とでも言っておけば少しでも悲劇のヒロインを扱いを受けられるだろうか。
謝る気は毛頭ない。悪いことをしたとは実際には思っていないし、寧ろ途中で俺を飽きさせた紀田が悪いとすら思っている。

まあ、そんな話は置いといて。考えなきゃならないのは今のこの状態だ。端から見たら俺が紀田に抱き着いてるように見える。いや、実際に抱き着いているんだけどね。形だけは。
一番ヤバいのはソレをよりによって目の前の男、シズちゃんこと平和島静雄に見られてしまったこの状況。

別に抱き着いてるワケじゃない。ただ、紀田の懐に入って鳩尾に肘を入れて首に手を回し、もう一発腹に膝を入れようとしていた所をシズちゃんが目撃したにすぎないのだ。シズちゃんは見たことしか信じない。馬鹿だし、思い込み激しいから。


「え、いや、えっと…」


紀田は即座に離れようと俺の肩を勢いよく押す。勿論抵抗なんてしない。俺だって紀田に抱き着いたままでいたくなかったし。


「お前は黙っとけ金髪小僧」

「は、はいっ」


紀田が答えようとした瞬間、シズちゃんが彼に殺気のこもった視線を向けた。「自分も金髪じゃん。」とか思わず口から出そうになった言葉を何とか飲み込む。


「答えてくれるよなぁ?臨也くんよぉ…!」


不機嫌だってことは声だけで分かる。ああ、キレちゃった。
シズちゃんは額に青筋を二本浮かばせ、口元こそは笑っているけれど瞳からは殺気がだだ漏れだ。


「何、シズちゃん。何でこんな場所に居るの?仕事はどうしたのさ。」


「…路地裏にガキ連れ込むなんざ、面白ぇことしてんだなぁ」

「は?!違うんです!」
「はは、面白いよ?最近、誰かさんが全然俺の相手してくれないからさ、つまんなくって」


「………かよ」

「え?」

「だからって!そんなことしていいとでも思ってんのかよ!!!」


シズちゃんはズカズカと歩いてきて、俺の腕を掴む。そして米俵のように担がれた。


「え、ちょ…はっ?!」


さすがの俺もワケが分からなかった。何、この状況。足をばたつかせても下ろしてくれる気配はなく、抵抗するのも無駄だと諦めた。

しばらくして、ようやく足を止めたシズちゃんに疑問を感じ、振り返る。後ろ向きに担がれていた俺は目の前にある建物を見て本能的にヤバいと感じた。


「ねえ、シズちゃん…」

「あ?」

「ここって…」


「俺の家だけど文句あるか?」

「し、シズちゃん!仕事は?!この間客引きやってたよね!!」

「あ?クビになったに決まってんだろ」


人間ラブな俺が言うのもあれだけど、シズちゃんっておかしいよね。クビになったってことはいらない者扱いされてるんだよ?もう少し落ち込もうよ。なに日常会話してる時と同じ声のトーンで話してるのさ!


「お、俺!もう少しで仕事の時間なんだ!!シズちゃん、そろそろ解放してくれないかなぁー?」

「駄目に決まってんだろーが」


ですよねー。地を這うような低い声が鼓膜に響く。きっと、閻魔様も裸足で逃げていくよ。


「帰る!」

「却下」

「シズちゃんなんか嫌い!」


ガチャリ。
俺が言い放つのと同時に鍵が開く音が聞こえた。冷や汗が背中を伝う。


「ほう。面白ぇ」

「え、あ…い、今の嘘!!」

「遅ぇよ」


「ちょ、鍵!鍵閉めてない!!!」

「知るかそんなもん!」


シズちゃん相手だと、自分がまともな常識人に思えてくるから驚きだ。鍵くらい閉めろ馬鹿。


「おらよ!」

「え、ちょ…いった!」


勢いよく下ろされ…っていうか、落とされたのはベッドの上。数時間の間持ち主に放置されていたシーツは既にヒヤリと冷たくなっている。


「ちょっと、分かってる?今のシズちゃんは人さらいだよ?」

「あ?いつもの事だ。」


「いつも?…シズちゃんこそ、俺なんかよりひどい事してるんじゃん。」

「は?」


「何言ってやがんだ」とでも言いたげな顔でこちらを見てくるシズちゃん。


「俺は手前以外をさらった覚えはねぇ」

「え?」


ベッドの上に倒れてる俺に、近寄って来るシズちゃん。瞳が怖い。獲物を睨む蛇みたいだ。


「手前は俺のモンだ」

「何ソレ?いつから俺が…」


言葉を発していた口を思わず閉じる。乱暴で、常識知らずなシズちゃんが今にも泣きそうな顔で俺を見下ろしていたから…


「し、ず…ちゃん?」


無意識に見開かれた目が異様に乾く。瞼を下ろした瞬間、何かに包まれた。


「手前は俺のモンだ!!」


嗅ぎ慣れた煙草の香り。温かいシズちゃんの体温。


「言ってみろ」

「え?」

「手前は誰のモンだ?」


まるで玩具を取られそうになった子供みたいに、ムスッとした表情でそっぽを向く彼に笑みが零れた。


「はははっ」

「な、何がおかしいんだよ!!」

「シズちゃんらしくもない」

「うっせ」

「大丈夫。心配しなくても、俺はシズちゃんのものだから。」


ニコリと微笑めば視界が暗くなる。口元にかかる息でキスされているのだと分かるのにそう時間はかからなかった。



紅茶とミルク
(シズちゃん?どうしたの?)(あ、あんまこっち来んな!)(え?)(か、帰れ!)(えええ!!)




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