通常小説
□絶対零度
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静かに重なる唇。
凍てついた、氷のような貴方の指先が頬を撫でて、その冷たさに私の睫毛は震えるわ。
「どうしたんだい、アイシー」
そして貴方が唇を浮かせ囁いた言葉が氷柱(ツララ)となって私の胸を突き刺していくの。
だって、本当は私のことなんて何とも思っていないのにそんな風に尋ねてくださるんだもの。
「なんでもありません、ガゼル様」
私はいつも決まってこの言葉を返して少年特有の少し筋張った、けれどもまだ細い首筋に腕をまわすの。
ツキリと痛む胸を貴方に押しつけて、その熱を感じようと心の中では必死になって。
こんなに近くにいるのに冷たい貴方だもの、もっともっと側に…それこそ重なり合った氷が一つに溶けていくように貴方との距離を縮めなければきっとその内にある熱なんて分からないから。
「アイシーはいい子だね。私はそういった可愛げのある素直な子が嫌いではないよ」
そう言った貴方は唇を私の耳朶(ジダ)にまで滑らせ小さくまた言葉を囁いた。
少し、肩が震える。
でも私はその反応を押し殺し、あたかも何も聞こえていなかったという顔をして今度は自分から貴方の薄いけれど形の良い唇に私のそれを寄せてみた。
貴方は拒む素振りもなくそれを受け入れてくれるのね。
でもねガゼル様、痛いの、堪らなく。
貴方が触れた唇も頬も首筋も髪の一筋さえも痛い。
こうして触れているのに、触れれば触れる程、近付けば近付く程貴方の冷気にあてられて私の身体は芯から凍え、凍てついていくわ。
あぁ、口付けた時に覗き込んだ氷結の瞳に映る姿は私なのに…見据える先にあったものはどこまでも続く、虚空。
「まぁ私に従うなら誰だって構わないのだがね」
そう囁いた貴方の美しい微笑みは、絶対零度