DREAM LAND
□0.Prologue
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ザックスの朝は早い。
同居人兼相棒兼恋人のクラウドよりも早く目を覚まし(とは言っても彼は低血圧のため朝早く起きることは仕事以外では稀なのだが)、大きく伸びをした後傍らで眠る愛しのクラウドの額にキスを一つ。
それから彼を起こさないようにそっとベッドから降りて(とは言っても彼は低血圧のためちょっとやそっとじゃ簡単には起きてくれないのだが)、スウェットのままキッチンに行きミネラルウォーターのボトルを冷蔵庫から取り出し、半分ほど一気に流し込む。
完全に目が覚めて、まず新聞を取りに玄関へと向かった。いつもと変わらない毎日が、始まる。
郵便受けから新聞を取り出すと、間からひらりと一枚のチラシがこぼれ落ちた。
それを床に付く前にキャッチすると、白い裏面から透けて見えた字に、過去の思い出が一気に蘇った。
「ふ…。なっつかしーなぁ?」
表面に返すとそこにはカラー印刷された写真と、大々的にアピールされた「再開!」の文字。右下にはオーナーの顔写真が載っていて、彼の顔には見覚えがあった。
出資元がほぼ解体状態になってから、どうやらしばらく休業していたらしい。隅にあるスポンサー欄には新しくオーナーの名前とWRO、数名の有志らしいイニシャル。
なぜか、そのイニシャルが気になったザックスはじっとそこだけを見つめる。
「A.G、B.W、C.S、C.S、C.H、…おいおい、まさか…。N、T.L、V.V、…Y.K」
その頭文字を読み上げるとともに浮かんでくるのは懐かしい顔や、見知った人達。
どういった経緯でここに名前が載るような事になったのか、後でクラウドに聞いてみようかな、と思いながらまだ彼が起きてくるには少し早い時間。とりあえずはいつも通り朝食の準備にとりかかることにした。
遠くで目覚まし時計が鳴っている。
ベッドのサイドテーブルはザックスの方にあるから、あいつが止めてくれるはず…。はっきり覚醒しない頭でうるさく鳴り続ける音を無視したが、いつもザックスが早起きでクラウドが目覚める頃にはここにはいないことに思いあたり、嫌々体を起こした。ここに到るまでゆうに5分はかかっている。この音はキッチンにいるであろうザックスにも届いているはずなのに、止めに来ない彼を他力本願に恨めしく思った。
うつ伏せ状態で目覚ましに手を掛けたまま、再び睡魔が襲ってくる。瞼を二回、三回とまばたきする動作は緩慢で、次に開くまでの時間が長くなる。つまりは、夢の中へと旅立とうとしていた。
(あと、五分…)
クラウドの緩く開いた口から寝息が漏れ出したのと同時に、音もなく寝室のドアが開けられた。もちろん夢の世界の住人と成り果てたクラウドがそれに気付くはずも無く。
「……んなこったろうとは思ったけどサ、」
ベッドサイドに佇むザックスは、無防備丸出しのクラウドの背中に覆いかぶさって耳元に囁いた。
「朝から襲っていいのか?」
「駄目」
即答。
ザックスが退いてやると、今のではっきりと目が覚めたらしいクラウドも体を起こす。時計を見ると時刻は6時40分になろうとしていた。
「メシ、できてるぜ」
「…今行く」
と、その前に。そう言ってザックスはクラウドの頬に手を添えていつもの朝の挨拶を交わした。
「今コーヒー入れるから待ってて」
テーブルに着き、卓上の朝食に気を付けながら折りたたまれた新聞を開く。間に挟まれていたチラシがするりとクラウドの脇の下をすり抜けて落ちていった。手を伸ばせば届くかな、と椅子に腰を付けたまま屈んで拾おうとした手が、直前で止まった。
そのチラシで大きく踊っている言葉には見覚えがある。というか、この星で知らないものはいないであろう一大アミューズメント施設の名前がそこに印刷されていた。クラウドにとって浅からぬ縁のあるそこは、確か神羅カンパニー崩壊後閉鎖を余儀なくされていたはず。オーナーの淋しげな横顔が浮かんで、消えた。
(そうか、ようやく再開の目処が立ったんだな)
拾い上げて、オーナーの誇らしげな顔写真に目を落とす。娯楽がないと人の心は荒廃する、と嘆いていた彼は、きっとそれこそ夢を支えに頑張ったのだろう。あれから数年、ついに再稼働に漕ぎ着けたようだ。
コトリ、と傍らにマグが置かれて我にかえった。
子供向けのチラシを熱心に見ているように思われたかも、と少し気恥ずかしくなりながら小声でお礼を言うと、ザックスが笑いながら「それ、」と手にした紙を指す。
「近いうちにみんなで休みとって行ってこいよ」
「みんなで…?」
「ティファ、マリンちゃん、デンゼル。あとはバレットにシド、ヴィンセント、ナナキ、リーブのおっさんはムリかな?でも、ま、ぬいぐるみなら行けっだろ」
指折り数えて最後に笑いながら「あのお転婆娘も仕方ねぇけど連れてけよ」と付け加える。
「待て。…ちょっと待って。なんでみんななんだ」
ザックスは笑顔のまま、チラシの片隅に表記された名前の羅列を指した。
「これで行かなかったらあのゴリマッチョ泣くぜ〜?」
眉尻を下げて見上げるクラウドの視線がザックスのと重なった。
「ザックスも…」
「いやいや、今回はオレはパス。クラウドといちゃいちゃ出来ねーし、行くなら二人っきりのがいい」
いつもクラウドを独占してるから、たまにはマリンやデンゼルにもお前を貸してやらなくちゃな。なんて言われてしまってはクラウドには反論する術はなかった。
それからのザックスの行動は早かった。ティファにどう上手く伝えたのか、全員のスケジュールを調整した彼女から電話が入り、二週間後に一泊二日の行程で出発することが決まったと伝えられた。
しかもオーナーの計らいで、全員ご招待するという。つまり滞在費、アトラクション無料の待遇付き。ならばザックスも、とクラウドは再三誘ったが、ザックスは頑として付いていくとは言わなかった。
そして、二週間が経った。
エッジの近郊でシエラ号が待機している中、セブンスヘブンは慌ただしい雰囲気に包まれていた。
「ティファ、化粧道具忘れてるよ!」
「いっけない!ありがとう、マリン」
「ティファー。戸締りOKだよ」
「ありがとうデンゼル。じゃあ二人とも車に乗って待ってて?」
はーい、と元気な声が重なる。子どもたちにとって、初めてのお泊り。先を争うように外へと飛び出していった。
「何か…手伝おうか」
クラウドが所在無げに立っている。そうは言ってみても、手伝えることなんて何も無いのだけど。
「ううん、大丈夫。それよりクラウドの方こそ忘れ物はない?大丈夫?」
反対に心配され、苦笑をこぼしながら答えた。
「ああ。家にもティファみたいな世話焼きがいるから、多分大丈夫だ」
「世話焼きって何?心配性って言って」
クラウドにそう思われてたんじゃ、私もザックスも報われないね。そう叱られてしまっては、クラウドとしては口をつぐむしか無い。口は災いの元、だ。
ティファが最後の荷物を鞄に詰め込み、準備は完了。セブンスヘブンの入り口に鍵をかけて『臨時休業』の札を提げると、ティファはワゴン車の運転席へ、クラウドはバイクに跨った。