DREAM LAND

□1.チョコボスクェア
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 数年ぶりに訪れたゴールドソーサーは、外観、アトラクションともにあまり変わってはいなかった。一大スポンサーがいなくなった今、新たに何かを加えたりする余裕はまだ無いのかもしれない。
 けれどもマリンやデンゼルはここを訪れるのは初めてらしい。いつもは大人ぶった行動を取るデンゼルでさえ、瞳をきらきらと輝かせながらしきりに辺りを見回している。
 その姿が、かつての自分と重なった。





「クラウド、あんま口ぽかんと開けてると田舎者丸出しだぜ?」
 振り返った先でザックスが笑っていた。む、と口を尖らせて「ザックスと違って初めて来たんだから仕方ないだろ」と反論すれば、ザックスもここに来たのは初めてだと言った。
「嘘つくなよ。やけに手慣れてるし、アトラクションにも詳しいじゃないか」
「そっ、それはだなぁ!」
 口をモゴモゴさせて何やら言い訳をしていたが、結局うやむやにしたままクラウドの手を引いて歩き出した。
「ザックス?どこ行く気?」
 円筒形の入り口は坂になっていて、どうやら滑って降りていくらしい。その入り口には『チョコボクスェア』の文字。
「クラウドといつか絶対行こうって、頑張って調べたんだよ!今回はオレがエスコートするから、後で一杯褒めてな?」
 手で促されるままその入口に腰掛ける。褒めるって?と聞こうとしてザックスを見上げたまま、背中をとん、と押された。
「待っ!」
 円筒の中でゴールドソーサー内の音楽、人々の歓声が木霊する。そこに自分の情けない悲鳴も重ねてクラウドは涙目になりながら滑り下りた。
 着いたところはどうやら通路のようで、両脇に4つずつ同じような円筒が並んでいた。その通路の奥から賑やかな音楽が流れてきている。
「よっと!」
 ザックスも続いて同じ穴から飛び出してきた。そのまま手を繋がれる。
「クラウド、こっち。可愛いチョコボがいっぱい見れるらしい」
「チョコボが!?」
 そして、音楽が聞こえてくる方へと誘われるまま足を進めた。





「お!めでとうございま〜す!オープン記念7777人目のお客様でございま〜す!」
 クラウドを過去から引きずり戻す、大きな声が響いた。
「お客様ラッキーですねぇ!なんと、一泊二日無料ご招待!あとこれは記念品でございます!」
 何気なく振り向こうとしたクラウドを、マリンの声が押し留めた。
「クラウド!クラウドはチョコボレースで一番だったって、本当?」
「え?あ、ああ」
 見上げてくる二対の熱い眼差し。
「見たい!ねぇ、一回だけでいいから走ってるとこ見せてよ」
「いやでも、アイツじゃないと…」
 クラウドのパートナーであるチョコボの「チョコ坊」は今、チョコボファームでお世話になっているのだ。
「チョコ坊なら連れてきてるぜ」
 シドが親指でそっち、と指す方向をみやれば『チョコボスクェア』の入り口があった。いつのまに連れ込んでたんだ、と視線で問いただすもシドは素知らぬふりだ。火の着いていない煙草を加えながらキョロキョロとしている。「ここにゃ喫煙スペースはねぇのか!?」と叫んで、近くのスタッフへと歩いていってしまった。
「それじゃあ、早速行こうか。ね、クラウド」
 ティファの一言に子どもたちはやったぁ!と両手を上げて喜んでいる。
「オレ様たちはちょっくらカジノあたりに行ってくるぜ〜」
 シドの後ろに続いてケット・シー、バレットまでもが着いて行こうとしていた。
「おい、バレットはマリンと回らないのか?」
「…今日のとこはオメェに譲ってやるよ」
 どうせ明日は、と言いかけてティファに「バレット!」と遮られた。マリンからも「父ちゃん!」と窘められては困り顔で頭を掻いている。
 明日は何かイベントでもあるのだろうか、と首を捻るクラウドに、デンゼルが待ちきれないと急かしたため、挨拶もそこそこにチョコボスクェアへと一行は向かった。


 受付でナンバーが振ってある腕章を受け取り、バックヤードへと入ると見知った顔の男が一人。
「久しぶり。結構ブランクあるようだけど、大丈夫かい?」
 相棒のチョコボ「トウホウフハイ」とジョーは相変わらずあちこちを旅しているらしい。彼はクラウド達の素性を知る数少ない人物だった。
「…そうだな。たまに外に連れ出してはいたけど、レースは久しぶりだ」
 クエェッ!
 チョコ坊の自信あふれる一声。まるで「負けない!」と言っているようで、クラウドは首筋を撫でながら「コイツは勝つ気でいるようだ」と笑った。
「当時の君を知ってる人はいないから、オッズはとんでもない数字になってるね。俺だったら迷わず君に賭けて大穴狙いで大富豪、だ」
 指し示した先の掲示板には確かに自分の名前の横の数字は一山当てるにはいい倍率の数字があった。残念なことに、ティファは賭け事はしないし、子どもたちに至っては言わずもがな、である。
 まぁ、ここには金儲けに来たわけではないし、とクラウドもチョコ坊の手綱を引いてジョーの後に続いてゲートをくぐった。


「クラウドが出てきたよ!」
 興奮気味にデンゼルが叫ぶ。パドックでは八匹のチョコボと、八人の騎手がスタートラインへと歩を進めていた。
「クラウド、勝つよね?」
 期待と不安の混じった眼差しをティファに向けて、マリンが祈るように言った。ティファは同じレースにかつてのライバル、ジョーがいることに気付き、何も言わず苦笑して首を傾げた。ブランク抜きにしても、ちょっと難しいかも知れない。
 カウントダウンが始まり、合図と共に一斉にスタートする。
「すごい!」
 スタートダッシュに成功したのはクラウドとジョーだけ。そのまま並走状態からコーナーに差し掛かる。
「きゃぁ!クラウド抜かれちゃったよ!?」
 コーナーでインを制したのはトウホウフハイ。インコースを取られては、クラウドのチョコ坊は後ろを走るか、アウトコースから追い越しを掛けるしか無い。結局、そのままトウホウフハイの後を追うようにして二着でゴールとなった。
「あああああああああああああああッ」
 遙か後ろで誰かが叫んでいた。もしかしたら大穴狙いで大金でも賭けてたのかしら、と振り返ったティファがぎょっとした顔を作った。慌ててその人の元へと駆け寄る。
「…ちょっと!サプライズがこんなとこにいたら駄目でしょう!?もうクラウド戻ってきちゃうから、早く隠れて!…ザックス!」
 スタッフオンリーのドアを何度も振り返りながら、なんとかしゃがませようと躍起になっても、この男は紙切れを握りしめたまま固まって動かない。痺れを切らしてティファが男の名前を叫んだのと、クラウドがチョコ坊を預けてバックヤードから出てきたのと同時だった。
「…ザックス?」
 場内は相変わらず様々な音楽や人々の声でごった返していたが、クラウドの耳は器用にその名前を聞き分けた。
 上気した表情で駆け寄ってきたマリンとデンゼルを両手にそれぞれ繋ぎ、声のした方へと歩み寄る。ティファの焦った声がするが、もう遅い。頭一個分飛び出した黒髪の男の顔を見つけると、クラウドの表情が険しくなった。
「…なんでアンタがここにいるんだ」
 ティファは顔を手で覆って「ああもう、台無し」と呟いた。怪訝に思って見やると、すっぱりと気持ちを切り替えたらしく、あっけらかんとした口調で説明された。
「つまりは、クラウドへのサプライズ、だったのよね。…コレ」
「サプライズ」
 何で。と言外に問えば、腕組みをして眉間に薄く溝をこさえた彼女は「うーんと」と言葉を探す仕草をする。
「頑張ってるクラウドに、ご褒美?…ホントは、もうちょっと後で登場する予定だったんだけど」
 そのご褒美はクラウドが目の前に来ても気づいていないのかいまだ放心状態である。その手に握られている紙にふと目を落としたクラウドはそれをそっと抜き取った。
「……!」
 カッ、と目を見開いた。という言葉が相応しいくらいに、クラウドの瞳は極限まで開かれていた。何事かと三人が不安にその紙を覗き込み、そして。
「…クラウド、いつでもこっちに帰ってきていいからね?」
「駄目な大人の典型的例ってやつだね。クラウドきっと苦労するよ」
「もう…!信じらんない!こんな大金賭けちゃうなんて!」
 かつての家族の同情を一身に集めて、クラウドは泣きそうになりながらザックスに詰め寄った。
「ザックス!なんだこの掛け金!うちの生活費全部じゃないのか、もしかして!」
 ザックスはというと、その場にヘナヘナとへたり込み、そのまま土下座のポーズへ。
「スイマセン…」
 巨体に似合わない蚊の鳴くような声で謝罪をする。
 言いたいことはいろいろある。聞きたいことも。けれどもそれは一旦端っこに追い遣って、クラウドは踵を返した。
「クラウド!どこ行くの?」
 ティファに懐から財布を投げ渡して、「全額、俺に賭けて」と言い再びスタッフオンリーのドアをくぐって行った。唖然とする三人と、土下座したまま震えて動かない一人を後に残して。

「さっきの二位着で、オッズが低くなってるわね」
 とりあえず言われるまま、クラウドの出番が来るのを待って財布から全額彼に賭けた。本当は子どもたちの前でやりたくはないのだけれど、仕方がない。二人の生活と、未来がかかっているのだから。元凶は隣でマリンにこってりと搾り取られている。デンゼルは今度こそクラウドが勝つかも、と興奮を隠せないようだ。
 パドックからスタートラインへの途中、クラウドがちらりとこちらを見た。正確にはザックスの方を。
 ザックスは涙目になりながらクラウドを見ている。「ゴメン、クラウド」と何度も呟きながら。それを受けて、クラウドがふ、と笑った気がした。
「ク、クラウド…?」
 後ろ姿からはもうその表情は伺えない。しばらくして、スタートの合図が鳴り響いた。



「す…っごかった!クラウドカッコよかった!」
 レース終了後、次のアトラクションへと向かいながらもまだデンゼルは叫んでいた。興奮覚めやらぬのはマリンも同じで、二人でクラウドの両隣を占拠したまま「カッコよかった!」「強かった!」を繰り返している。クラウドも満更でもないようで、薄い笑みを浮かべて「ありがとう」と二人を交互に見下ろした。

 レースは序盤、先ほどと同じ展開だった。スタートダッシュからの並走、インコースの先取りまで。しかし、何がクラウドを強くしたのか。最後の直線、ジョーの方がダッシュ力は上のはずだった。
 レース中継を見ていた人達の間からどよめきが湧き上がった。
 最後のコーナー、終わりあたりからアウトコースにでたクラウドはそのままラストスパートをかけた。「まだ早い!」と誰かが叫ぶ。今、仕掛けてもスタミナが持たない。誰もがそう思う中、ティファだけが揺ぎ無い自信を持って画面を見つめる。
 徐々にトウホウフハイを追い越しにかかるチョコ坊。まだ直線の半分ほどだ。誰もがここでチョコ坊の減速を予測した。しかし、スピードは落ちないどころかさらに加速を見せる。
「頑張れ頑張れ〜!」
 子どもふたりの声援が大きく響く。
 ザックスは食い入るように画面を、クラウドを見ていた。
「ヤベェ…」
 惚れ直した。その言葉を耳にしてティファは微笑む。本当は、こんなカッコいいクラウドは自分の記憶の中だけで独占していたかったのだけど。
 四人が見守る中、頭一つの差でクラウドが一位でゴールした。

 失った生活費には若干届かないが、なんとか食べていける位は戻ってきた。それを確認したクラウドはそれ以上儲けることはせずに、チョコボスクェアを後にして次に行こうと提案した。
「チョコ坊にもだいぶ無理をさせてしまった。休ませてやりたいし、ここで時間を潰して他のところ見れないのもいやだろう?」
 マリンとデンゼルはさんせーい!と次のアトラクションの入り口へとクラウドを引っ張っていった。

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