典明ば

□初めて。
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大変なことになってしまった。
いや、僕たちはその…恋人同士というやつで。

だから必ずこうなると言うことは、漠然と予想はしていたわけだけれど。
僕にとっては 一大事なんだ。


承太郎の部屋。

普段、恋人が生活しているその空間すべてから、承太郎の匂いがする。

本棚に収まる紙の束さえも、彼の所有物なのだと思うだけで僕としてはもう かなり いっぱいいっぱいだった。


最初は他愛もない話をしていた 気がする。
(が、あまりの緊張で記憶が確かでない)

見てみたかった本なんかを開いてみたり、
聞いてみたかった音楽を流してもらったり。



学校帰りにそのままの足で寄ったため、親が心配してしまわないか気になる時間となった。


ああもう帰らなきゃか。
何だかんだ楽しかったし、あっという間だったな…なんて、初めての恋人の部屋を堪能した僕。

二人して背を預けていたベッドに「んんん」と伸びた。


ぱち と目を開けた瞬間。
その視界いっぱいに 外国の血をほどよく受けた カッコいい顔が、


近い。


「 承 …」


ちゅ

小さくリップ音を立てて離れた柔らかな唇に うっとりとした。


帰るな、とか思ってくれているんだろうか?

ガラにもなく、恥ずかしくて嬉しくて 熱がじんわりと顔に集まっていくのを感じる。



「ダメか?」


だけど、僕に向けてポロリと落とされた言葉に 思考は停止。


「 え、なん…」
「…嫌か?」

承太郎の、言わんとしていることが分かってしまい、尚、反応が出来ずにいる。


嫌か と聞かれたら決して「嫌ではない」。


「…嫌なんかじゃ、ないけど」
「……いいのか?」
「う」


だけど、
いいのか と問われたらどう答えていいのか分からない。

もどかしくって 頭をフル回転させるが、それは熱を全身に回しただけで終わったようだった。


かあああああ

熱い顔に大きな手が触れて、それでまた熱は上がる。


「…怖いか?」
「ん」

これにはすぐに反応できた。


「そうだよな」


相手が承太郎でよかったと、僕は節々で感じる。

優しいんだ、とっても。


額に小さくキスをくれる。
「悪かったな」と謝ってくれる。

そんなときでも、まるで何でもないことみたいに柔らかく笑ってくれる。


僕は、僕自身を君に与えることが 怖かった。


話したり、手を繋いだり、キスをしたり、されたり。
僕はまだ慣れてなくて…ぎこちないそれを君はいつだって笑うだろう?

だけどね、いつか、あまり緊張だとかも感じなくなって、
もはや日常の流れの一つのようになってしまうことは嫌なんだ。


今回のこれも、そう。

会えば当たり前のように体を重ねてしまう。


大切なことなんだ と、
感じなくなってしまうことが、怖かった。

だけど、


「…送ってくぜ」


頭を大きな手で掻き乱される。
そんな温かな手に頭と胸とがじん、となった。

涙と気持ちが一緒になって ドクドクと溢れだしてしまいそうになった。


僕は勘違いをしていた。
君と過ごす毎日が特別だってこと。
忘れてしまっていたのは僕の方だったね 承太郎。

立ち上がりかけた大きな体を服の袖でもって、くい と止める。


「…承太郎、今夜 さ」

泊めてくれないかな?


ぴたり と動きの止まる恋人に、少し可笑しくて、顔を歪めて笑った。


「分かってて言ってんのか?」
「…分かってて言ってる」


恥ずかしくて、やはり目は潤むし、
胸はドキドキ苦しいし、

でも それでも、君を見ればひどく優しく笑っているから。
僕もくすぐったさに 笑った。



「明日が土曜でよかったな」
なんて、耳元で響くバリトンにまた体温が くくく と上がる。



あ、お母さんに電話入れなきゃな。



(初めてが 君の匂いでいっぱいの部屋だなんて、
心臓がもつかとても心配だよ)

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