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□若さと花束
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「来たかね、こちらへ入り給え」
こちらというのは美術準備室のことだ。
私がオープンキャンパスの時こっそりとみた美しい日本画がそこにはあの時とおんなじように壁に掛けてあった。
桜の花びらが鮮やかに舞い散る一本の力強い桜樹。この絵が去年の夏、私をバサラ学園高校へ入ることを決めさせたと言っても過言じゃない。私の心に焼き付いて離れなかった美しい絵。
こっそりそんな感動を味わいながら、準備教室入り口付近に突っ立っていると松永先生が老眼鏡(?)か何かを外して私の方へ座ったまま向き直った。
「落し物を拾った、これは君のものではないかと思ってね」
見るとそれは小さな指輪で私の身に覚えのあるものではなかった。でもかわいい指輪だ真中にリボンの結び目がデザインされていてすっごく可愛い。内側にはイニシャルでFrom MMと刻印されていた。
「これは私のじゃないです」
「そうかね、君のでないとなれば私も検討がつかない。ならばもういいだろう(ガこんッッ)」
「え″ッッ!!!(捨てやがった!)」
何だね、と言いたげにこちらを流し眼に見ると、急にそうだそうだと思い出したように何やらプリントを見つけて手渡してきた。
「落し物、平気で捨てるとかそういうのちょっと私は信じられません、先生」って口を挟めなかったからなんか悔しい。
しかたなく手に取れば醤油が染みついたような色をした骨董品級のザラ紙。しかもちょっと臭い。
そこには
「美術部入部許可書 入部希望者氏名記入欄 部活内容 美術館見学 公募展出品 教員補佐 」と書かれている。
教員補佐だけ手書きで後からつけたした感満載なのはどうしてなんだろう、でも今は気にしないでおこう。
「先生、これ…って」
「確か君は美術部に入部希望だと言っていなかったかね。だから見付けておいた」
そう言ってまたほくそ笑む。全くダンディなおっさんだこの先生は。
「で、でも、昨日廃部になったって、それに先生普段いないって。本当に教えてくれるんですか……」
「笹川君、画家というものはいつも制作するときは世界に一人きりだ。誰も助けてはくれない。他はこの時、好みか否かを判断するだけだ。絵を描く傍らにいつも私がいる必要はないのだよ。君が一人で自由にやればいい、もちろん私は君が必要な時には助言しよう」
すべては自己責任だ、と私に光沢のある万年筆をよこして名前を書くように促す。
「じゃ、この教員補佐ってなんですか?」
高級なペンは持ち手が大きくて難しいと思いつつ、ななはもじもじさせながら自筆で名前をつづった。
結果おどけたような名前になってしまった。まぁいいか。
「もちろん私の手伝いをしてもらうということだ。この教室を放課後君のアトリエとして開放する代わりに私の書類の整理や実技教室、準備室の清掃を私の指示のもと行ってもらう。」
「……なんか、分かった気がします」
私を入部させたこと。今はしっかり松永先生の手の下におさめられた入部許可申請書を見つめながらななは思った。
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晴れて美術部員(松永先生補佐)となったななは次の日からさっそく松永先生のお手伝い。
「笹川君、道具もまだ届かないんだ、すまないが今日は採点を手伝ってもらいたい」
「私は生徒ですよ先生…?!」
「構わん。私になったつもりでやってくれればいい。」
なんて大らかなんだろうこの人。先生のせのじも名乗れはしないだろうに、どうして高校教師になんてなったのだろうか。
「さて、ここに座って丸を付けたまえ」
「はい…」
美術の授業のテストは実技の結果と、ペーパーテストの二つで評価される。
ペーパーテストの採点は私が任命された。
実技の評価は先生が今現在丸付けしている私の横で行っている。
あ、この人自画像なんかうまいな。センスあるんじゃない??とか私はなんだかんだでこの「教員補佐」という部活をエンジョイしている。松永先生は出席番号順に名前が連なった名簿に5段階評価で先生がチェックをつけている。
さて、松永先生はこの女の子にどんな評価を下すっ??
「……(無言で1とチェックする松永先生)」
「ぇえっ……!」
「何だね、五月蠅いんだが」
「だって…さっきの人より上手なのに…」
「評価の基準は君ではない。美術教師である私が決めている。この世界には常識という評価の基準が一応は存在しているがね、結局何をもって良しとするかという答えなどそこには存在しないというのが今のところの結論だ。模索し続けることを答えとしている芸術世界であればそれは当然と言えば当然だがね。」
目線もくれない松永にななは膨れつつ小言をつぶやく。
「………理屈臭い。」
「分かりやすく言えば、君にはこの評価の基準など到底理解出来はしないということだ」
「………(むぅ…)」
「さぁ、早く採点を終えないと君自身も困る」
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