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□若さと花束
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先生の雑用を手伝って、夜の帰り道。


「7時過ぎちゃった…お母さんに電話しなきゃ……思ったより遅くなってしまった。」



てくてく校門に向かって歩く。校門を出て坂を下り始めると、静かなエンジン音の国産高級車がななの横につけて止まった。

助手席の窓が降りると、先ほどまで自分を言葉によって嬲り(なぶり)、罵り、こき使った松永先生が穏やかに笑っていた。



「笹川ななくん、今日は御苦労さま、さぁ、乗りたまえ。家まで私が送ろう」

「…いいです」

「可愛い教え子を夜道一人で返すわけにもいかないだろう。これも教員の仕事と言うものの一環に過ぎない」


松永先生はそう言ったからしぶしぶ助手席にのったけど、この黒塗りの車、私の家とは反対方向に向かっているのは気のせいですか。


「せっ、先生っ?どこへ行く気ですか??あのあのっ…私の家は駅の西側なんですけど…」


「…」


完全無視の松永先生は終始にこやかに信号が変わるのを待っている。




滑らかな発進、低いエンジン音。松永先生の静かな瞬き。わずかな大人用の香水の匂い。これは、街角ですれ違うタイトなスーツを着こなした男の人が良くつけている匂いだ。出来る男の匂いってもんです。

トンネルの中、アスファルトに照りつけて反射する人工のオレンジ色のライトが次々に松永先生を窓越しに駆けて行く。ゆったりとハンドルを切る仕草と同時に緩やかに車はカーブする。

素敵なおじさんだとななは思った。


松永先生の顔が少しだけ傾いて顎のラインが強調されると、思わずごっくんと唾を飲んでしまった。

これが大人の色かってやつですかとななは目をしばたたかせて思わず頬があったかいのをごまかす。


一生懸命、反対に向いて窓の外を見るのだけれど、そこに自分の火照った情けない顔が映ってより慌てる。



「腹が減っているだろ、なにか御馳走しよう。」


「でも、お母さんが夕飯を作って待っているんです」


「なら、帰りは遅くなるから夕飯はいいと電話すればいい」


あんたはさっき自分が言った言葉を覚えていますか?ん?ななはそんな気分だった。


「せ、先生、さっき送り届けるのが教員のなんとかって…もにょもにょ……」

ダンディーな先生にどこまで突っかかっていいのやら、ちょっと自信なさげにななが反論する。


「……」

その頑張りもむなしくななの意見は完全無視の却下。仕方なく携帯をとりだして自宅の番号をプッシュする。


待機音が鳴りはじめると、その携帯電話を大きな手に回収されてしまった。

「あれっ?…?」


運転席の男がそれを耳に当てると穏やかな声で話を始めた。




「こんばんは、バサラ学園高等学校、美術部顧問の松永久秀と申します。夜分遅くに申し訳ないのだが…」

妙にへりくだった言い方もしないことが逆に電話口の母を安心させたらしく、聞こえる母の声は終始安心した様子の口調で、最後に「宜しくお願いします」とすべてを松永先生にゆだねると言う意思の言葉を口にした。


「…先生って強引…」

「何がだね、母上も納得されたようだし、問題は無いだろう?心おきなく食事したまえ」

「生徒の作品の搬入作業に携わってもらってるため、もうしばらく時間を許してほしい。責任を持って生徒は私が送り届けることを約束する。ってなんですか先生」



「口実だ、所謂(いわゆる)」


「平静にこんなことを言いのける教師っていますか!?いません!!」



ちょっと膨れているななに上機嫌な松永は嬉々としながら、うわべ丸出しで申し訳ないふりをした。

クスクス…「なにか食べたいものでもあるか、一応聞いておく」
「海老フライ!!」





ぶぅっと膨れたまんま間髪入れずに答えたななに松永先生はフゥっと息を吐いて破顔した。





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