bsr

□頑張ってるの知っているから
2ページ/16ページ



聞きたい気持ちもあったけれど、何となく聞けないでいた。

なぜかというと立場上、家の都合はある程度知ってしまっているからだ。

ななは今、昔俺がそうであったように、父も母も居ない。

願をかけに来ていた病の母親は俺が進学した後二年後の春に亡くなっていた。
父親はもっと前に亡くなっていたらしい。
その保険金で今の生活が成り立っていることを俺はこの春に奨学金申請の相談に来た本人の口から全て知ることになった。



淡々と今の居住について、親戚の持っている土地の小さな一軒家に独りで住んでいること、そこは学園から少し遠いこと、茶色い柴犬を飼っているから淋しくないこと等をななは語った。


副担任が朝のHRを代わりにやってくれている教室に前田と笹川ななを連れて入る。


連絡事項の伝達に季節の変わり目に対する体調管理と、制服の乱れについての注意事項を追加してさっさと終わらせる。


入学式から二カ月が経過し、教室は俄かに騒がしくなり始めている。

生徒同士それぞれ気の合うものが出来てきたのだろう。

それはとてもいいことだ。



ななを見やれば、後ろの席の真田と猿飛にどうして遅刻したのかを説明している様子で俺の方に不意に視線を投げかけてくるものだからそれがお互いぶつかってしまった。

ななの方も視線が合うとは思っていなかったらしく、少し驚いた顔をした後に、ほんの僅かにはにかんで感謝の会釈をしてきたので、俺は弾かれたように我に帰り、何の反応も出来ないまま眉間に皺を寄せなおして、教室から出て行ったのだった。



「へぇー片倉のおっさん女の子には優しいとこあんだねーでもじゃないと本当ただのヤクザだもんね」

「そ、そんなことないよ?!確かにちょっと怖い顔だけど」

「ふむ、某もヤクザなどと、そのようには思わぬが……もしやなな殿は片倉先生と知り合いで御座るか?」


「ううん、そうじゃないけど、なんとなく」



4月の下旬のこと。ななたち入学して間もない1年生は交流会という合宿を行う。

林間学校みたいなもので、皆で山野を散策して、ご飯を作って、大きなお風呂に入ったりするのだ。その二泊三日の間に担任の先生と一人ずつ面談をした。

片倉先生ははじめにみんなへの自己紹介をした。



「俺は数学の片倉小十郎だ。一年間お前等の担任だ。宜しく頼む。1年の時は勉強も肝心だが、なるべく互いに助け合っていい友達を作って楽しく過ごせ。それから将来についても仲間同士で話すといろいろ見えてくるもんがあるぞ。今はまだ早いかもしれねぇが中には将来の進路について相談がある奴もいるかもしれねぇ。早いのも悪くねぇからそん時はいつでも相談するように。以上だ」


「先生、名前しか自己紹介してないような気がすんだけど」

「ああ?なら質問受け付けてやるよ。おら何でも聞け」

「先生、ヤクザなのー?」

「猿飛、お前もうちょっとまともな質問しろよ馬鹿野郎俺はヤクザじゃねぇ!」

「趣味は何ですかー」

「家庭菜園と笛の演奏だ、あと数学…剣道…野球な」

「意外―――!野菜とか植えてんのかよ!笛吹いてー」

「ああ、毎日世話してるよ。笛は今は持ってねぇよ、他!」

「好きな食べ物は何でござるか!」
「ネギ!次!」



「ふふっ」

どんな質問にも真面目に答えていて、律儀な人なんだなとななは思った。


仏頂面が逆に面白くて、クラスメイト達にとっては「怖い先生」から、「怖そうだけど、良い先生」に印象が変わったようだった。


*******
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ