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□頑張ってるの知っているから
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「おい、笹川、いるのか。」
夕方、俺のマンションの角を曲がったところにある寺の隣の家の玄関の前で俺は声をかけた。
古びた平屋建ての民家だ。庭も付いていて、娘一人で住むにはやっぱり広すぎるな。
予想通り、犬のポチが先に走ってやってきて俺の持っている紙袋の匂いを察知してくんくんと嗅ぐ。
「お前、目ざとい奴だな」
「へっへっ!」
「担任の片倉だ、笹川、」
「はあいっ」
声がすると、中庭からホースを手に持ってななが出てきた。
どうやら植え木に水をやっていたらしい。
「片倉先生、どうしたんですか」
ななはキョトンとした顔で俺の言葉を待った。
「いや。肉じゃがを作ったんだ……そのお前、一人で飯はどうしてんのかと気になってだな、まぁ、差し入れだ…」
「わぁ…良いんですか」
沈黙になったら気まずいなと考えていたが、ななは何のためらいもなく喜んで俺の差し出した紙袋を受け取った。
「良い匂いー先生ありがとうございますっ」
にっこり笑うものだからこっちまで照れてしまって俺は無意味に腕組をしてうんと頷いた。
「あ、そうだ、片倉先生にもおすそ分けです!」
「お?おう、」
俺はそのまま中庭に案内され、ななは縁側から家の中へと入って行った。
良く見れば、ホースからはまだ水が出ている。
「おい、水やりの途中なんじゃねぇのか?」
「あっ、そうだった!」
ななは奥の方から焦ったように叫んで走りだしそうにしたので俺はそれを制止した。
「いいよ、俺がやっとく」
良く見れば、小さな60センチほどの生け簀があって中に小さな赤い金魚が泳いでいる。
なかなか古民家らしい赴き深い佇まいの庭じゃないか。
手入れはさすがに娘一人なのだから行き届いてはいないが、植え木は活き活きとしている。
「へっへっへっ!」
水を撒くとその飛沫を追いかけてポチが嬉しそうに飛び跳ねる。
「くすくす、お前んちの犬、おもしれぇな!ははは」
なんだ案外楽しい生活してるじゃねぇか。俺なんかよりはずっとましだな。
一通り水を撒いて、ホースをかたずけて再度縁側に腰かけると、ななが奥から麦茶を持ってやってきた。それからななの作った夕飯がはいった俺の家のタッパを傍に差し出す。
「片倉先生、ありがとうございます、あの、時間もしよろしかったら休憩してください。それと、これ私が作ったきんぴら牛蒡なんですけど、これもよかったらお家で召し上がってください」
「おう、ありがとうな」
麦茶に口を付けるとああ、夏の始まりなんだなと感じさせるような香ばしい香りがした。
「お前、言葉づかい出来てるよな。まだ高一なのに板についてる」
「そ、そうですか?」
一人で暮らすと生活力もつくし、社会性も身につく。強さも。
「自立心があるのは良いことだ。でもまだお前は甘えてて良い歳なんだよ。あんまり無理せず、なんかあったら何でも相談しろ」
「ありがとうございます、片倉先生」
「お前、いつから一人で住んでんだ」
「……」
ななは酷く言いにくそうに口元をきゅっと閉じた。
「笹川のばぁさんはどうしてる」
ななは俺に祖母のことまで話した覚えはないと、とても驚いた顔をした。
やっぱり何年もたっているし、ななも2、3歳くらいだった時の記憶だから、俺の事は覚えていなかったようだ。
「どうして、おばあちゃんのこと、片倉先生がっ」
「俺の実家は永井の八幡神社でな、そこによく笹川のばあさんが孫連れてお百度参りに毎日欠かさず来てたんだよ。確かその孫はななって名前で、今のお前の笑い方とそっくりだった」
「…そうなんですか?」
「ああ、お前は覚えてないだろうけどな。俺はいつも掃き掃除したりしてばあさんと話したり、お前と餅食ったこともあるんだぞ?」
「ちょっと待ってください、私今思い出しますから!!」
必死になってこめかみをこねるななに盛大に笑うと、気にするなと肩をぽんと叩いた。
「で、ばあさんはいつ亡くなったんだ」
「はい、一昨年の冬に」
それまでここにずっと一緒に住んでいたそうだ。
料理や裁縫、盆栽、何でも出来るばあさんだったそうで、自分が亡くなる年のななの誕生日にななへのプレゼントにポチを連れてきてくれたのだと、ななは俺に話した。
「じゃあ、お前中学から一人で住んでんのか?!」
俺が突然大きな声を立てたものだから、ななもポチもびくついて肩を震わせた。
「…一人じゃありません、ポチがいるから…」
「ぽ、ポチは別だろうが、お前な、俺が言ってるのはそういうことじゃない!そういう問題じゃないだろう。今だってそうだ、こんな若い娘が一人で玄関の戸も開けっぱなしで、もう少し危機感を持て」
「ぽ、「ポチは別だつってんだろうが」
「……ごめんなさい」
「「…………」」
「くうん…」
「まったく」
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