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□寛容な紐と深い器
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涼しいクーラーの中で本を読んでいる久秀になながアイスコーヒーを差し出すと、
「卿は恋人がいるのかね、」と聞かれてななは素直に「はい」と応えると久秀は「卿は最近綺麗になった」と誉めてくれた。
だからななはその日とっても嬉しかった。
でも次の日恋人はななとは違うとっても素敵な大人の女の人と歩いていた。
ショックで泣きべそ顔のななに久秀はこれで女が上がるだろうと言って可愛いルージュをくれた。
振られたんです、なんて言えずななは出来るだけの笑顔を作ってそれを貰いうけた。
ななが次に好きになった人も同様に久秀に打ち明けると決まって次の日に素敵な女の人と歩いている。
その次に憧れの石田先輩を好きになった時もそう。告白すると決めた当日綺麗な大人の女性と歩いていた。
これはどういう事なんだ。タイミングが悪かっただけ??ななは高校生一年生の頃その現象を不思議に思っていた。
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「なな、ここで洋服を脱ぎなさい」
高校二年生の夏、その理由を体で覚えさせられた。
「私の命令だ、従い給え」
初めは嫌で仕方がなかったけれど、毎度毎度うんざりするほど時間をかけてくれるせいでななは肌を重ねる“良さ”というものを久秀に叩き込まれてしまった。
もうすぐ高校三年を終わろうと言う時になって今更ながらに私の青春を返して!!とななは強く思うようになったのだった。
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「おかえり、なな。さて最近卿がその指にはめているものは何だね。見せなさい」
学校から帰ってきたななのところに三人の使用人仲間が揃って、ななに迅速に久秀のもとへ向かうようにと知らせが入った。
これは嫌な予感がすると思いつつ、学校帰りの制服のまま奥の部屋に行ってみれば、書斎で不機嫌そうに腰かけていた久秀がそう言うや否や、ななの指からそれを取り去って事もあろうに開け放たれた窓の外へ容赦なくぶん投げた。
「ああ!!やめてやめて!!」
言葉虚しく指輪は窓の外へ吹っ飛んだ。
「卿には似合わない。それよりまず、誰が許可なく装飾品をはめて職務についていいと言った」
「いけないなんて言ってません!」
「ああ、卿の言うとおりだ。しかし、何でも報告をし、許可を求めるように、と教えているはずだ」
首を若干右に傾けつつ、冷たい視線でななを見下ろす。
「卿が誰の所有であるか分かっているのかね」
「……っ…」
その言葉を投げつけられるとななは喉元を締め付けられてしまったようなそんな気分になる。
この男は、祖父がこの男に残した借りを私に返すように望んだ。
又、生活と教育と使用人としての仕事を保障する代償に私自身を求めた。
権力に歯向かう術なんて知らないし、男の力に敵うはずもなかった。
社会的に私を守ってくれて、ベットの上で妙に優しくなったりするけれど、
人並みに恋をすることや、憧れを抱くことをこの男は絶対に許してくれない。
もちろん松永弾正久秀当人を除いて。
「……この前の躾が甘かったか」
クツクツと悪意の籠った笑い声で歩み寄ってくるので、ななは恐ろしくて一目散にドアに向かって走った。
チェックの制服のスカートが翻って、中身が見えそうになる。
ばたんっと音を立ててしまったドア。
部屋の中に残された男は窓の外を一目する。
初老の男にはため息をついて目を覆いたくなるほどにななのスカートの丈は短かった。
しかしもう少しで彼女の高校生活も終わりなので余計なことは言わないでいるつもりだ。
「やれやれ、反抗期か。見え透いた嘘をつくようになったものだ」
手のひらに残った安物のおもちゃを手で弄んでから、とんっとそれを引き出しの一番上にしまった。
その中に今現在収集されたのは、コンドーム、ライター、煙草、男物の香水。
何度目の抵抗だろうか。
すべてななが隠し持っていたものだ。
囚われの身の少女の精一杯の反抗。
「くく…無情の世らしく直に失せる泡沫(うたかた)の戯れもいいだろう」
健康志向で小心者のくせにいったいどこでこれを手に入れてきたのやら。
それでも春が終わるまでのもうしばらくの間、付き合ってやろうではないか。
男は下を向いたまんま、おんなじ引き出しに入った小さな小さなジュエリーケースを見て笑うのだった。
****2011.5.6 鴬(ヨウ)
ご拝読に感謝(人*´∀`)