その他

□甘いのは誰の所為?
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「好きかも」

いつもそうなんだ。あなたの突拍子のない言動は俺を苦しいくらいに惑わせる。

「何がですか?」
「葱」
「…はぁ」
「なんかさ、薬味葱って可愛くない?」

まぁ最初から俺に向けた言葉じゃないなんてことはわかっていた。でもまさかその相手が葱だなんて想像もつかなかい話で。
そんなマイペース且常に我が道を行くミクオさんに呆つつ深く溜め息をつくと、またぽつり言葉が降ってきた。

「俺生意気な餓鬼は嫌いなんだよね」
「そうですか」
「あと可愛いげのない餓鬼も嫌い」
「…それ前にも聞きました」
「要するに餓鬼は嫌いだ」

あんたみたいなね。
一瞬たりともこちらを見ず手の平の中で開かれた本に視線を合わせたまま隣で呟く緑色。

「はいはい」
「…あんたむかつく」
「へぇー」
「おかしいんじゃないの?本当は14なんかじゃないだろ、本当はただのおっさんなんだろ?」
「さあ、どうでしょう」
「うざっ」

言われ慣れてる所為か、敢えて反論せず適当に流すのはいつものことであって決して珍しくない。それで会話終了がお決まりのパターン。それなのに今日のこの人ときたら必要以上に突っ掛かってくるしなんだかそわそわと落ち着かない様子。

「今日のミクオさんは普段にも増して酷ですね。あとそわそわしててなんか気味悪い…」
「あんたは相変わらず全然可愛くないよね」
「そりゃどうも」
「褒めてないんだけど」
「知ってます」
「…あぁもう違う!」

気怠いそうな声と共に今まで読んでいた本を投げ捨て俺の前にしゃがみ込む緑色。どうかしました?と顔を覗き込むと鋭い翡翠の視線にぶつかった。

「…怒ってます?」
「怒ってない」
「でも顔が恐いです」
「面倒臭いな…怒ってないって言ってるだろ」
「まぁ別にどっちでも…って何してるんですか」
「五月蝿い…」

目の前にあった翡翠が消えたかと思えば代わりに感じたあなたの温もり。急な展開過ぎて状況が把握出来なかったのは最初のほんの数秒間だけで、抱きしめらてるんだって気付くのにはそれ程時間が掛からなかった。

「…ミクオさん」
「先に言っとくけどあんたに拒否権はないから」
「それはわかってます。そうじゃなくて、」
「なんだよ」
「葱臭いです」
「…ムードのかけらも無いこと言うな」
「冗談ですよ」

無駄に顔が熱い。今凄く真っ赤なんだろうな俺。そんな顔絶対見られたくなくてその薄い胸板にごまかすようにして顔を埋めたけど、ミクオさんは決して甘くない人だから何れはばれる。
その前になんとかこの熱を冷まそうと試みるも肌から伝わる相手の温もりの所為で冷めるどころか熱くなるばかり。

「あんた異常に熱い」

そんなこんなで一人自分の体温と戦う俺にミクオさんは最後の一撃をかましだした。やっぱり今日のミクオさんは一段と酷だな、なんて考えながら俺は諦めたように呟く。

「…誰の所為だと思ってるんですか」
「俺以外に誰がいるんだよ」
「本当性質悪いですよね」
「今更だろ」

俺を包み込んでいる細い腕に先程より腕に力が込められた。苦しいという俺の討論は完全に無視され、ミクオさんはまたぼそりと呟いた。

「…おめでとう」
「え?」
「え?じゃない。今日あんた誕生日だろ」
「そういえば…というか覚えてたんですか?」
「当たり前だよ。これでも一応恋人なんだから」

ああまただ。またあなたは俺を困惑させる。先程から全く話題に出ていなかったが今日は俺の誕生日。当人の俺でさえ忘れていたくらいなのに、まさかこの人からおめでとうの言葉が聞けるなんて思ってもみなかった。

「何感動してんの」
「だって、まさかミクオさんが俺の誕生日を覚えてるなんて…びっくりした」
「それ、微妙に失礼」

そういいながら微笑むミクオさんが甘い。少し甘すぎる。今日のミクオさんはいつもにも増して酷だなんて思っていたあの時の自分が懐かしく、また少し恨めしく感じた。なんとなく恥ずかしくなってひたすら黙り込んでいると、レンと普段あまり呼ばれることのない呼び方で名を呼ばれた。

「なんですか…」
「可愛い」
「…は?」
「好きだ」
「……葱の話ですか」
「あんた最低」

何とでも言って下さいだなんて言いながらも、どうしても素直になれない自分に心の中で少し悪態をつくと、なんだか少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。

「俺も好きです」
「…葱が?」
「どうでしょうね」

ふっと笑う細く綺麗な声に俺も吊られて笑う。いつもより甘いのは誰の所為?という質問に緑色はわかってるくせにと意地の悪そうな微笑みを浮かべた。




END


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