その他

□戯人と玩具
1ページ/1ページ


友達のような優しいものではなく、恋人のような甘いものでもない。

ただ体を求め合うだけの関係。


最初の頃俺は一度だけミクオさんに聞いた事があった。

あなたにとって俺はどんな存在なのかって。


その時あなたは綺麗に笑って言ったんだ。



『ただの娯楽』



そうか、これはきっと考えてはいけないことだったんだ。

そう確信して以来、俺がこの話題に触れることはなかった。


ただただあなたのされるがまま。

あなたの人形。

限界という線を見失い愛情という温みを喪失させた、

ただの、






「レン、レンッ!」

聞き慣れた声に意識を戻される。どうやら知らないうちに眠っていたらしい。


じゃああれは夢?


それは違う。
あれは悪夢という名の現実であって夢幻ではないんだ。証拠に今も俺は愛情を知らない、ただの人形なんだから。

「…大丈夫?酷くうなされてたよ?」
「大丈夫だよ。ちょっと夢見が悪かっただけだから」
「…そっか、」

レンにも怖いものあるんだね。

そう言って可愛く笑う双子の姉の笑顔は心なしか悲しそうに見えた。
きっとこの人は薄々ながらも俺の異常に気付いているんだと思う。
いくら心が正常に働いていた頃のような振る舞いをみせても、俺の片割れである以上嫌でもわかってしまうのだろう。


「あっそうだ!今家にがくぽんが来てるの!」
「がくぽが?なんでまた」

それでも何も言わずただ何時も通り接してくれる事が凄く有り難くて、
また申し訳ない気持ちでいっぱいにもなったんだ。


「えっとね、自宅の畑でとれた茄子で茄子料理をご馳走してくれるんだって!
だからリンね、レンを呼びにきたんだよ!ねっ偉いでしょ?」

撫でて?とせがんでくる姉とは思えない程子供っぽい姉の頭を優しく撫でると、また可愛く微笑んだ。


それに吊られたかように微笑んでみせるも、姉の目に写った自分の笑顔がなんだか別人みたいに思えて怖くて、

それでも必死に微笑んだ。


「…ねぇレン」
「なに?」
「さっきね、クオ兄から電話があったんだ。起きたら家に来いって…、」


その名前が出た瞬間、俺の中の微かな光が消え果てた。
(またか、あなたはいつも俺の邪魔をするんだな…)
温もりを取り戻そうともがく俺。俺が何かを掴みかける度にあなたはやって来て光と俺を切り離す、残酷な人。


「レン…」

そんな俺の心情を感じ取ったのか何なのか、
目の前の光はそっと俺の手を握り悲しそうにこちらを見た。

「行くの?クオ兄のところに行っちゃうの…?」
「…ごめん」
「やだ行かないで…!!ねぇレンお願いだからっ…」

空色の瞳からは今にも溢れ出しそうな光が輝き始めた。その瞬間俺の心臓は締め付けられる感覚に陥って凄く苦しかったけど、でも、俺にはそれを拭ってやることは出来ないから。
でもせめて零れ落ちる前に安心させてやりたくて、精一杯の笑顔を送り“大丈夫だよ”と優しく微笑んでみせた。






「寒っ…」

外に出ると三月下旬とは思えない程の冷たさを帯びる風が身体に纏わり付いてきた。
まるでミクオさんみたいだなんて一瞬考えたが、その後は寒いということ以外特に何を考える訳でもなくただ黙々と無心になって歩いた。

「…あれ」

暫く歩くと前方に見慣れた緑色の人影がちらついた。
こちらに向かって来ているらしくその影はだんだんと大きくなり最終的には自分の目の前でピタリと止まる。


「遅い」


気怠そうな声が鈍く響く。鋭い翡翠の視線が不機嫌な面持ちをより一層引き立てていた。

そんな相手の様子にはお構いなく、向かえに来てくれたんですか?なんて言った時には細い指で思い切り額を弾かれてしまった。

「いてぇ…」
「そういえば今日そっちにがくぽ来てたんだっけ」
「それ、知ってて呼んだんですか?」
「当然」


誇らしげに言い切るミクオさんを横に相変わらず勝手な人だなと一つ大袈裟に溜め息をついてみせた。


かつて俺はこの人のこういう強引だけど、決して自分を失わない強さに憧れていたんだ。

ヒューと音を立て横切る木枯らしに静かに思い出を流していると、隣からはまた不機嫌な声が聞こえた。


「おいチビ」
「…その呼び方止めてください」
「昨日スーパーに居たらしいね。誰と居たの?」
「友達ですよ」
「友達って誰」
「友達は、友達です」


淡々と繰り広げられる会話に愛はない。それはお互いわかっている。
だからこそ余計なことは言わないし言わせない。


あっそ。というやけにさっぱりした相槌を最後に会話は一先ず途切れた。

「………」

同時に先程まで俺達を包み込んでいた木枯らし達までもがいなくなったらしく
辺りはすっかり静寂を取り戻す。




「…ミクオさん」
「…」
「あなたに一つ聞きたい事があるんです」

そんな静寂を打ち破るかのように俺は言葉を紡ぎ出した。


静寂な世界は嫌いじゃない。寧ろ好き、酷く落ち着くんだ。



ただこの時は少し違っていて、どんなモノでもいいから壊してみたくなって、
ただそれだけ。気まぐれという言葉だけで俺は破壊神にもなれる。

「…なに」
「あなたにとって、俺はどんな存在ですか?」

「は?」


最初の頃、何も知らない俺が何も考えずに投げかけた質問が、今再び蘇る。

がらがらがら、何かが壊れたような音がしたけど気にしない。明らかにミクオさんの表情が苦く歪んだのがわかった。

「…お前馬鹿なの?」
「はい」
「はぁ…」
「ミクオさん」
「だから…前にも言っただろ?」

お前は俺の…、



一瞬ミクオさんは言葉を詰まらせた。



どうしたんですか?と顔を覗き込むも直ぐに逸らされてしまう。



でも決して期待なんかしないよ。

裏切られるのが怖いとかじゃなくて、思い出せないんだ。期待の仕方が。



暫く経ってミクオさんはぽつりとしかし強引に言葉を吐き出した。


「…玩具だよ」
「そうですよね」

玩具。この単語にもそろそろ慣れてきたところだった。予想通りの返答に衝撃を感じられる筈はない、だから無心で言葉を繋いだ。


すると何を勘違いしたかミクオさんは嫌な笑みを浮かべ俺を見下ろし言い放つ。

「何、今更愛情が恋しくなった?」
「違いますよ」
「心配しなくても俺はあんたを愛してるよ。

玩具として」

「…そうですか」


目の錯覚だろうか。
何故かこの時俺にはこの人が今酷く悲しんでいるように見えて、微かに瞳に光が宿った気がしたんだ。
そして同時にドクンと左胸から聞き慣れないがしたのも、

「あれ…」
「何?」
「いや今、」


違うこれは、確かに自分の音だった。信じられなくて信じたくなくて、



ああ、でも全然大丈夫なんだ。

俺にはちゃんと逃げ道がある、逃げる術だって忘れた訳じゃない。



大丈夫、全然平気。



「玩具として、いくら俺を愛してくれていても、」


今まで動き続けていた足をピタリと止めると不審な物を見るような眼差しを向けられたが気にせず言葉を続ける。

「俺には愛を求めないで下さいね」

今の俺にあなたは愛せない。遊び人に玩具を愛せても玩具は遊び人を愛せない。


普段見せないような笑顔で優しく、しかし吐き捨てるように言ってやると綺麗な緑色が一瞬にして見開かれ戸惑いの色に変わったのを俺は見逃さなかった。


真と偽の区別さえつかなかったあの頃、この色にどれだけ苦しめられてきただろう。

そもそも俺達に真偽なんて存在するだろうか?


「…随分と攻撃的だな。いつからそんなでかい口が叩けるようになったの?」
「意地悪ですね。わかってる癖に」
「…、」


攻撃的だなんて今更過ぎる。


出会ったその瞬間から、俺の中では戦乱が絶える事なく起こり続けているっていうのに。


止まってた足を再び動かして自分の所為で静止しているミクオさんを追い抜かした。


「愛を求めるな…ねぇ…」


(ねぇレン、玩具は玩具らしく大人しく遊ばれていればいいんだよ…そう思わない?)




後ろから降ってきた残酷で、でも少しだけ寂しさを帯びた言葉にも特に反応することなく、



俺はひたすら歩き続けた。






END


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ