ポケモン

□見え隠れ
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分かっていた筈だ。
何もかも諦めていたんだ、最初から。


「あっ悪い!おれ今日はパス!」

「あぁまた彼女っスか?最近センパイ付き合い悪いな〜」

「ごめんって!」

「お盛んだこと」

「ブ、ブルー…」

「あら事実じゃないの」


そんな会話を聞きながら、俺の意識は全く違うところにあった。
しかし何処にあったのかも分からない。




ざわつく放課後の教室、元々騒がしいのは苦手なのだが今は少しだけ有難かった。
隣から聞こえてきた会話もその騒音の一片に過ぎない、そう思い込む事が出来たから。


「グリーン先輩も何か言ってやって下さいよ!」


そう思ったのもつかの間、意識はふと声に吸い込まれた。

面倒臭いと心の中で毒づく事で本音を隅に追いやりつつ、浅く溜め息を吐き出す。そして、今更こいつにかける言葉は無いと軽くあしらった。


「おぉ〜グリーン先輩クール!」

「アンタってさぁ…」


そんな返答に不満げな声を漏らしたのは幼馴染みの女。
女房がそんなだから旦那は駄目になるだの、浮気性は一生治らないだの、意味の分からない愚痴を垂れながら溜め息をつかれるが、わざわざ聞き返す事の程でもないと何も言わずに視線を落とす。

手元にある書きかけの日誌に何を書こうかと考えながら、意識はまた別の場所へと逃げ込んだ。
でもやはり、それが何処なのかは分からない。










「グリーン、貴方に良い情報があるんだけど」


情報料は3000円ね。片目をパチリと閉じ上目使いに見上げてくる、そんな仕種には反し言葉は酷くエグイ。
帰り道、今日は珍しくも静かだったブルーだったが、ゴールドと別れ二人きりになった途端に口を開いた。
情報一つでそんなに取られて堪るかと一蹴したのだが、タダで良いから聞きなさいと腕を掴まれた。
何となく感じた居心地の悪さに軽く舌打ちしたが相手あのブルーだ、まるで動じず話をどんどん進めていく。


「ってことなんだけど、どうする?」

「…どうする以前に、俺はその後輩とやらと全く面識が無い」

「堅いわね、知らないなら今から知ればいいじゃないの」

話の内容といえば、どうやらブルーの後輩が俺を好いているらしいとの事だ。
しかしこちらは、その後輩と話した事もなければ顔すら知らない。そんな相手とどうするもこうするも無いし第一興味が無い。

それを伝えれば冷血漢などとは暫く騒がれ欝陶しかったが、溜め息を吐けば急に静まり返り、少し違和感を覚える。それ以来、暫く沈黙続いた。


(…面倒臭い女だ)

普段騒々しいこの女が今日は何だか様子がおかしい、機嫌をとるべきだろうか。なんて不似合いな考えが浮かび、思わず小さく嘲笑しかけたその時、そうよねえと何かを含んだ声が隣から漏れてきた。


「ねえグリーン」

「なんだ…っておい、」


肩に軽く手を置かれたかと思えば、次の瞬間には長く細い腕が首に巻き付いていた。何事かと相手の顔を見ると、満面の笑みを向けられ少し怯んだ。
その瞬間、物凄い速さで肩を捕まれ近くのブロック塀に押し付けられた。


「…っ、」


咄嗟に壁に肘を付いたのと元々の力の差もあってか、背中を痛める衝撃は抑えたが、頭の処理が追い付かずただ唖然と相手を見てしまう。
そんな様子が可笑しかったのか、ブルーは更に笑みを深くして耳元に顔を近付けてきた。


これは度が過ぎている。マズイ、振り払え、と頭の中で誰かが警鐘したが、動揺からか実行する事が出来ず、それでも何とか冷静を装い声を絞り出した。


「何、なんだお前…何の真似」

「だったら私と付き合わない?」

「…、はぁ?」


思わず素っ頓狂な声が漏れた。無理もないだろう、何なんだ何を言い出すんだこの女は。

知る限りの情報を収拾し、どうにか結論を導出しようと考えるが、混乱する頭では混乱しか生まれずに全く纏まらない。


「あらそんな顔も出来たのね」

「…」

「ほほほ、いいじゃない。私なら面識も充分にあるし、嫌になるほど見知った仲じゃない」


どんな理屈だと言い返す前に気付く。
そうか、俺は今からかわれているのだ。可愛い後輩の好意を軽々しく払われた腹いせだろう、だとすればこの不可解な状況に至ったのにも納得がいく。


真意が分かってしまえば巻き返しは簡単だと、落ち着きを取り戻した頭で、向き直る。


「…お前の意図は分かったから取り敢えず手を」

「あら、冗談だと思って無いでしょうね」


不満げなしかし何処か弾んだ声が聞こえたかと思えば、ぐいっと襟袖を引っ張られ目線を無理矢理合わせられ、目の前のよく知った顔は不敵な笑みを作った。


レッドが好きなら私と付き合いなさい。








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