ポケモン

□後輩も食わない痴話喧嘩
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※ヒビキ視点


「俺お前のこと好きかもしれないわ」

そういう意味で。
ある昼下がり、とある村のとあるジムリーダーの部屋で僕は死刑宣告を受けた。それを受けたのは実際、僕ではなかったのだが。



シロガネ山の頂上に君臨する親不孝者を倒したのはつい1ヶ月前で、とあるジムリーダーにそれを知らせたのがその翌日、その親不孝者が下山したのがその1週間後だった。
親不孝者の彼は誰に諭されたのか、いの一番に実家に顔を見せて以来すっかり実家に居着くようになっているらしい。アイツは本能に生きる奴だからまたいつ旅に出るやも解らない、そう語る目は幼馴染みというよりも完全に家族を慈しむ人間の目だったように思う。

そんなこともありつつ、今も彼らの実家がある村で、ジムリーダーに捕獲の術に関する教えを乞うていたところ、その元親不孝者とバッタリ出会したのだ。
ポケモンバトルに関しては此処にいる皆が皆、馬鹿が付くほど能動的である。僕達は当然のごとく一頻りバトルを楽しんだ後、ジムリーダー…グリーンさんの部屋で各々休憩がてら好き勝手にしていた。

そう、冒頭のあの言葉を聞いたのはまさにこの時だった。



「…何?」

いかにも不愉快そうな声が部屋に響く。テレビを観ていた視線は声の主を捕らえる。その表情はあまり普段と変化はないが、それでも声同様不愉快であることを包み隠さずに告げるような、どうにも面倒臭そうな顔だった。

「何ってお前」

そんな元親不孝者、レッドさんの様子に気付いてないのか、グリーンさんは開いていた『かわいいポケモン』という彼の愛読書を閉じ足を組み直した後、もう一度ハッキリと伝えた。
そういう意味でお前が好きだと。




僕はと言えばまたいつものマサラジョークか…と、一瞬手を止めてたバクフーンの毛繕いを再開し、平和の恩恵を受けつつ今日一番大きな欠伸を一つしてみせる。
マサラジョークは独特なテンポなので未だあまり馴染めないが、当初よりは気にはならなくなったように思う。


「何それ気持ち悪い」


一刀両断とはこのことか。何ともドライな反応に思わずレッドさんの方に視線だけ寄越すと、僕の視線に気付いたのかまた馬鹿が始まったと言いたげな表情で同意を求められる。そんなレッドさんに適当な苦笑で応じつつ、グリーンさんに目を向けた。傷付いているかと思ったが、案外何てことないような顔で構えている。
最近解ったことだが、グリーンさんは時々他人を試すような発言をする。今みたいに突拍子なく、馬鹿げた質問を冗談のように投げ掛けては、相手の反応に本気で一喜一憂してみせる。特にレッドさんの前では顕著だったが、それにレッドさん自身が気付いているかは僕には解らなかった。


「気持ち悪いって、どれぐらいだよ」

どれぐらいとはどういうことなのか。というかそこ、掘り下げるんですかグリーンさん。
意外とタフなのか、はたまた辛辣な反応を前に混乱しているのか解らないが、想像と違う反応に僕は少し狼狽する。グリーンさん、と呟いた僕のか細い声に気付いた彼は何故か小さく笑った。これじゃあ察しようにも何も察せやしない。
そんな僕の心配を横目に、グリーンさんはレッドさんを真っ直ぐに見据えていた。この人は今一体、何を考えているのだろうか。


「幼馴染みの縁、切りたいぐらい?」
「そこまでじゃない」
「まぁ姉ちゃんが煩いだろうしな。じゃあ顔も見たくないぐらい?」
「うん多分それはちょっとある」


冗談にしては白々しく、喧嘩と言うには淡白というか。淡々とした調子で話される内容に少なからずも肩身が狭くなりながら、半ば誤魔化すようにしてバクフーンの短い毛に櫛を通す。事の成り行きを見守りたい気持ち半分、直ぐ様帰りたい気持ち半分といったところだ。

「グリーン、ヒビキが困ってる」
「…え?あっいや別に僕は」
「おーそっか、悪いなヒビキ。じゃあやめるか」


うーんと豪快に腕を伸ばした後、やけにアッサリとグリーンさんの綺麗な指は再び彼の愛読書へと延びていた。
珍しく空気を読んだレッドさんに軽く感謝しつつ、静かに深い溜め息を吐き出す。自分で思っていたより緊張していたらしい、肩から力が抜ける感覚に身を任せながら目の前のバクフーンを優しく撫でた。
今回のマサラジョークは時間は勿論揉みたくない気まで持て余すというか、正直この時僕は物凄く堪えていたらしい。だから元の空間に戻りつつあるこの場がありがたかったし、酷く安心していた。


…はずだったのだが、


「待ってグリーン。やめるって何を」
「はぁ?いやだってヒビキ困らせたくないじゃん。それにレッド、明日からお前の顔が見られないのは、なんつーか今はまだ御免だぜさすがによ」
「へえ。君の言う好きかもはその程度なんだ」
「いや、その程度かって言われると俺もよくわかんねーけどさ」
「うん。じゃあどの程度か決めよう今」




んん?????な、なんだなんだ何が起きているんだ?
わけがわかりませんといった顔丸出しでレッドさんを見やるが、ヒビキも一緒にどうだと益々わけのわからない対応が返ってきた為、僕はとうとう頭を抱えた。
心底裏切られた気分だったが、責められるはずもない。最初からこの人に読める空気などあるわけなかったのだ。


「決めるつってもなぁ」
「君は僕とヤりたいの」
ぶほっ!!!ごほっごほっ…!
「おいヒビキ大丈夫かよ」
「風邪?グリーン、ホットミルク炒れて。ヒビキとあと僕の分も」
「おーちょっと待ってろ「結構ですありがとうございます!!!つかアンタら、さっきから本当なんなんですか一体もう…」


わけがわかりませんと半ば叫べば、不思議そうな顔で首を傾げられる。首を傾げたいのはこっちだと言うのに…
項垂れる僕を見て何を勘違いしたのか。お前純情なんだなぁなんて軟派に笑いながら、グリーンさんは僕の傍までやってきて背中を撫でた。その感覚が案外気持ち良いので振り払いはしなかったが、偉大な先輩方の先程までの会話を思い返し再び心の中で頭を抱える。
そんな僕の心境を知ってか知らずか、すぐ傍の彼は小さく笑った後、次の言葉を吐き出した。


「まぁ何だ、ヤりたいわけじゃないと思う。レッドを抱きたいとも抱かれたいとも思わねぇし、そこは女の子の方がいいじゃん」
「グリーン彼女いたんだ」
「はっ!俺はモテるからな!あっでも今はお前一途だぜ」
「やっぱり君なんかムカつく」


幼馴染みに彼女がいたことに対する…年頃の男としての嫉妬なのか、はたまた別の理由なのか。真意は本人のみぞ知るところだが、静かに不機嫌を訴える幼馴染みにグリーンさんは楽しげに笑いながら妬くなよと茶化す。


「お前さ、俺のこと結構好きだよな」
「嫌いじゃないよ。君と違ってそういう意味じゃないけど」
「、そっか」


事の成り行きを見守っていた僕は、この時短く吐き出された相槌の響きにハッとする。悲観とか失意とか、短い音から溢れる感情はそういった類いの感情ではなく、愛しさを噛み締めるような、紛れもない愛情を感じたからだ。
何となくだが、僕は最初から一つの勘違いをしていたらしいことに気付いた。『そういう意味の好き』がどういう意味なのか。うーん、なんというか相変わらずこの偉大な先輩達といえば、揃いも揃って不器用らしい。



「やっぱ俺さ、レッドのことそういう意味で好きだわ」
「うん知ってる」
「んでもってヤりたいとは思わねーよ、ただキスはしてみたいと思うけど」


今日はよく爆弾が飛ぶ日だと、冷静に考えられるのは言わずもがな多少慣れてきたからだ。別に先程から背中を撫でる手が気持ち良いからじゃない、多分。


「はぁ。されたいとは思わないよ」
「なんだよ俺がとびっきりのかわいこちゃんとキスしててもいいわけ?」
「それはグリーンが羨ましい」
「えー、じゃあヒビキはどうよ。俺とちゅう」
「ちょ…このタイミングで僕に話を振らないで下さいよ」


バグフーンを枕にしながらウトウトとしていたところに爆弾が一つ飛んできたものだから、物凄く面倒臭くなって思わず顔をバグフーンに埋める。
なぁ顔上げろよお嬢ちゃん、なんてすぐ傍では僕をからかう声が聞こえたが『なんかムカついた』ので完全に無視した。


「…それは嫌かもしれない」

ふとぽつりと、呟くような声が遠くで聞こえた。
思わず顔を上げて声の主の方に視線を合わす。隣のグリーンさんの視線も同じように声の主を捕らえていた。

「それお前……ヒビキのことが好きなんじゃね?」
「……………………………………………………………………………」
「わお出た久々の無言」
「煩いないい加減にしないと塞ぐよ」
「何だよレッド、俺とキスしたくなった?」
「して欲しいの間違いだろ」

的外れな解釈を聞きながら最早ツッコミを入れる気力もない、そこまで野暮でもない。
もういい眠ってしまおう、そう思ったが最後僕は再びバグフーンに頭を預け意識を手離した。


なんというか、痴話喧嘩は犬も食わない。そういうことだ。



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そういう意味で好きについて。
グリーンの言うそういう意味の好きは慈愛、家族愛に近い恋心。
レッドの場合は完全に独占欲丸出しの恋心。



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