◇ヒアシンス

□愛してますよ?
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したっ!
あしたっ!


体育館に響く男子生徒の声。
すぐに出ていく生徒もいれば、自主練を始める者もいる。


僕、山秋康人もその1人。

僕は体が小さいしバスケも上手くないから、人よりたくさん練習しなきゃいけない。


…なんて、当て付けッポイかな?


「康人ー、ぼーっとしてんなァ。」

「っ…!!ぶちょっ…」


いきなり頭に重みを感じたかと思ったら、上から大好きな人の声。


慌てて僕は振り向いた。


中澤智さん。バスケ部の部長でとても優しい人。

なんと恐れ多くも僕の恋人です。

「コラ、部活終わったあとの約束あんだろ?」


グーで頭を軽く突かれる。

「あ…」

僕は“約束”というのを思い出して抱き締めたボールに力をこめた。


「あ、え…と、」

「康人」

優しく耳元で囁かれ僕は沸騰寸前。


「智…さん」


「よしっ!」


小さく呟く様に呼んだ名前に智さんは満面の笑みで僕の頭を撫でてくれた。


「…〜っ」

ドキドキしてどうしようもないぐらい好きで好きで堪んない。

まだ部活中なのに、皆いるのにあの背中にあの人に抱きつきたい。


「と…「部長っ!」


はっとした。

他の部員が智さんを呼んでいる。

まだ、まだ智さんは僕だけのものじゃない。

まだみんなの部長だ。


練習が終わったら、きっと智さんは僕を見てくれるから。だから……


「部長、シュートのフォーム見てくれませんかっ?」

「おう、良いよ」


「部長!さっきのミニゲームについて…」


「あァ、あれな。」


智さんは、あっという間に部員に囲まれた。


「中澤ァ、来週の練習試合について…」

1人が智さんに寄っていくと、そこだけ道が開いた。

「…あぁ、悪いな五十木、副部長のお前に任せっきりで。」

智さんは、すまなそうに眉を下げる。

「気にすんな、後できっちり払ってもらうから、な?」

「黒いっ!笑顔が黒いよっ」


副部長の五十木先輩は、策士でゲームの組み立ては顧問と五十木先輩が協力してやるそう。

とても頭が良くて、智さんも一目置いているぐらい。







あー……

何だか妬いちゃうなァ。


僕だって智さんにフォーム見てもらいたいのに。


でも我が儘いったら、智さんに嫌われちゃうかな。


僕は引っ込み思案だし、トロいしタメん中で一番バスケ下手だし……。



うわ、自信なくした。
自分で言った癖に。

何で俺なんかが智さんと付き合ってんだろう…?


でも…

『康人!俺と1つ約束してくれないか?』

今まで名字だったのに、いきなり下の名前で呼ばれてくらくらする。


『…な、何ですか?』

『部活以外は、俺の事下の名前で呼んでくれよ?』


『…はい?』


思ってもみない願いだった。

『なっ?約束。お前は特別だから。』




特別…―そう言われた事が嬉しくて。


だから自分のダメさ加減にへこんだ時も、この言葉を思い出すと元気がでる。



「…よしっ!」


皆が智さんに群がっている間に、僕は練習するんだっ!


景気付けに放ったシュートは……






…リングに嫌われた。
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