◇ヒアシンス

□苦しみの果てには。
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学校にも行った。

部活にも行った。

寮にだってちゃんと帰ってる。


ただ、あれから………


正木先生とは、会っていない。


数学は自習。

部活は臨時講師。

無断欠勤が続いているらしい。


先生、辞めたのかな。

そんな噂も流れ出す。


先生、はやく来て。

先生、会いたいよ。

先生、もう好きだなんて言わないから。


お願いだから、この細い糸を切らないで。

切れてしまえば、繋がりが無くなってしまうから。



「……はい、終了ー」


ぐはぁぁあっ


「なーんもわからんかった」

「おいっ!(8)ってなんだ?!」

「√つけ忘れたァ!!」

「数Aもとか、聞いてねぇっ!数Tしかやってねぇよーっ!」



「はい、静かにィ」


教師の声が響く。


「プリント集めろー。…あ、あとー、今日で数学の自習終わりなァ。明日っから新しい先生来るからー」



俺は目を見開いた。


ざわっ、と教室が騒がしくなった。


「せっ…、先生…!正木先生はっ?」


俺は机を叩いて立ち上がった。



その先生は、プリントを肩に担いで扉付近でダルそうに返事をした。



「別に辞めたわけじゃねぇよ。……ただあまりにも戻ってこないから代理をたてただけだ。」


それは……


「…まぁ、戻ってきても…」

事実上の解雇宣言ではないですか?












「うぅ〜……っ」


俺は午後の授業をサボって屋上にいた。


「っ…!!」


先生が辞める、そんな最悪な想像はしたくなかった。

でも、コレが現実。

もう先生とは会えないかもしれない。


「…うっ…く…っふぇ…」


屋上のフェンスに背中を預け、膝を抱える。



「嫌っ…先、生っ…!!せんせっ…!」


空は青い。

春の風が頬を撫でる。


「せんせ、先生…」


だんだんと泣きつかれて、瞼が重くなってきた。


「せ、んせ……」


俺はその場に横たわった。




―――………


あ、煙草の臭いだ…

相変わらず鼻につく。

先生、会いたいなァ。


………先生?!



ガバァッ


「先生っ?!」



「あ、起きちゃった?」


「……はれ?」


だが、起き上がった先にいたのは正木先生ではなかった。



「煙草の臭いで起きちゃったかな?ごめんねー、可愛い寝顔だったから眺めてたんだけど…」


「?!かわいっ……」


男だからな、俺だって!

可愛いと言われて嬉しい筈はないっ!



「あれ?怒っちゃった?」


「あなた誰ですか?…不法侵入で訴えますよ。」


じとり、と睨むとその男は大袈裟に驚いた顔をして自己紹介を始めた。


「初めまして。明日から数学の臨時講師に入ります、久我充です。」


「っ!」


この人が………


「…、っ」


「ねぇ、君の名前はなんて言うの?」


久我は、ズイッと顔を寄せてきた。


「え、わっ?」


目の前にいきなり男の顔が有り、思わず後込みする。


「あ、俺は村西雄大…です…」


「何組?1年生だよね?」

「あ、えと…5組で、す」


俺がしどろもどろになりながら答えている間に、久我先生は担当クラス表を見ている。


「わっ!丁度明日僕が教えに行くクラスだねっ」


嬉しそうに笑った。


「…は、ぁ」


俺は苦笑いで返す。


「君みたいな可愛い子が受け持てて嬉しいな」


「……」


だから可愛いとか嬉しくねーんだよっ…!!



「っ…、あの俺教室戻ります…」


俺が立ち上がるとその男も立ち上がった。


「じゃぁ、僕も職員室へ」


(…何でついてくんだよっ)

ムカムカしながら階段を降りていこうとすると、外から大声が聞こえた。





『おいっ…!正木先生じゃねぇかっ?!あれっ』


『正木先生だっ…!』


正木先生……?



だっ……!!


俺は降りた階段をもう一度駆け上がりフェンス越しに正門を見た。
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