企画

□好きという夢/好きといわれる夢
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薄暗い視界のなか、目の前にある見慣れた背中はとても遠く感じた。



【好きという夢】




室内を暖かいオレンジ色の灯りが、頼りなく照らしている。
伊月は手を伸ばせばかろうじて触れそうな距離にいる人物の背中をぼんやりと眺めて、ああ日向だ、とひとり納得した。

目が覚めた、というより目だけが起きた感覚に近い。

今し方意識は現に浮上したのに頭はまったく起きておらず、回らない思考は未だ先ほどまでみていた夢の世界を引きずっていた。


「いつまで怒ってんだよ…」


耐えかねて声をかけた。規則正しく布団が上下運動をしている、日向に向かって。

夢と現実が混同している。

思ったよりか細い声になったのは、寝起きだからという理由だけではない。
夢の中でみた日向の怒った顔がまぶたの裏に焼き付いていて、伊月の胸に軋むような痛みを与えた。
消え入りそうな語尾の後、一気にこみ上げてきた不安感に鼻がツンとした。



もう俺が謝るから
悪かったから
いくなよ
無視すんなよ
こっち向いてよ
もう言わないから
いくなよ

日向


「日向…」


どれが夢でどこが現実か考える余裕と思考がなかった。

寂しい、こわい。

感情のコントロールが出来なかった。膨張する想いを抑えきれずに、伊月は衝動的に動いた。
横になっていた布団から這い出て、すがるように日向の背中に抱きつく。

あたたかい。
後ろから手を回して抱きしめてみて、ここが現実なのだとようやくわかった。
まるで雪の日に外を歩き回った後、部屋でホットミルクを飲んだときに似た安心感を覚える。


「日向」


もう一度呼んで、少し詰まっていた鼻をすする。日向の腹に回していた伊月の手に、ぬくもりが重なった。
見知った感触だ。乾燥肌でもないのにザラついている手の甲は、シューターとしての日向の誇りの証。シュート練習に明け暮れて出来たタコの感触。
 
さっきより、ずっとあたたかいと思った。
不安なんてどこかに行っちゃうほどに。占めるのは愛しいくらいの安心感だ。


「…ずっと」


落ち着いたからか、まぶたは再び眠りに導かれていく。制御の抜けていく体に、振り絞るように喉に意識を集中して、続けた。



言いたいことがあるんだ
伝えいことがある
さっき言おうとしたのに
喧嘩しちゃって出来なかった
日向、聞いてくれる?

俺ね、日向のことが


「好き…だよ」


途切れながらも最後そう囁いて、伊月は微睡んだ意識を手放したのだった。










朝起きたら、なんかもう、死にたかった。

恥ずかしさで。


「大丈夫だって伊月!俺もたまにやっちゃうもん!暗いし、いっぱい並んでるから分かんなくなるよなー」


小金井がなぐさめてくれる。隣で水戸部も一生懸命頷いてくれている。


「伊月はいつも抱き枕使ってるのか?あったかいよなー」
「昨日冷房効き過ぎててちょっと寒かったしね」

木吉のズレたフォローを土田が上手く流してくれる。

みんなありがとう。
実は違うなんて言えないけど。
ごめんなさい。

みんなの優しさに煽られた罪悪感と執着心に、頭を抱えて逃げ出したくなってしまう。


『トイレの後に、寝ぼけて布団を間違えた』


朝目が覚めた伊月は、日向の布団にいた。日向の布団で日向に抱きついたまま寝ていた。

先に起きていた小金井が面白そうに見下ろしていて、水戸部も困ったように見ていた。みんないた。当たり前だ、今は合宿中なんだから。

ほぼ同時に起きた日向には、どんな夢みてたんだよと呆れられた。


夢でお前に冷たくされて泣いちゃった、なんて言えるか。
その後寂しくて抱きついたまま寝ちゃった、なんてもっと言えない。

夢にしよう。一部の現実もひっくるめて、昨晩の出来事はすべて夢だったことにしよう。伊月はそう決めた。


夢で日向と喧嘩したことも、情緒不安定故の女々しすぎる言動も、顔を覆いたくなる最後の告白も。
そしてその後みた続きも、自分が墓の中まで持っていくのだと。



伊月side:終
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