薄明

□純銀
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黄の国より北にある紅の国は、少しだけ黄の国よりも
涼しい気がした。人が全くいない事に気付いた
蜜柑は、返事を期待する気もなく、小さく呟いた。

「・・・人が、いないですね」
「ここは、俺と葵の住んでる塔だ。
召使いの何人かしか、ここには入れない」

聞こえていたのか、と蜜柑は目を見張り、うつむいた。

「そう、ですか・・・」

この国では、少なくとも棗の前で素を出すつもりは
さらさらなかった。内側から、無理やりにでも紅の国を
変えるつもりで蜜柑は紅の国に来た。
黄の国を救うため。・・・紅の国を救うため。
そのためには、この国の王を・・・棗を、
どうにかしなくてはならなかった。

『棗が更生するのは不可能に近い。
行動を把握し、隙を見ては同志を募れ』

王。黄の国の王が、ひっそりと后のいないときに
蜜柑に課した使命だった。

「しばらくは、客室にいろ。
準備が整ったら部屋に通す。それまでは、
ここがお前の部屋」

豪華な飾りの部屋のドアを開け、そう言った棗は、
蜜柑が部屋に入るとドアを閉めた。蜜柑がゆっくりと
振りかえると、銀色に光る鍵が落ちていた。それを
拾い、ふらふらとベッドまで進んだ蜜柑は、パタリと
倒れこんだ。

「・・・父様、母様」

親しい者のいない城。知ってる者のいない国。
黄の国の血を引く者はこの国に、蜜柑ただ1人。

「母様も、こんな思いしたやろか・・・」

呟いて、それでもすぐにその考えは失せた。
父に望まれ、温かく迎えられた母は、きっとここまで
心細くはなかっただろうと。
胸元で鍵を両手で握りしめると、仰向けに
なっていた蜜柑の眦から冷たい涙が流れ落ち、
耳元を濡らした。
逃げるわけにはいかない。
負けるわけにも、いかなかった。
1人で戦うしか。
泣きじゃくる蜜柑が、
外まで微かに泣き声が漏れていることにも、
ドアにもたれて棗が立っていたことにも
気づくはずがなかった。

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