企画小説

□20.朝の光で知り得たこと
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 意識が浮上すると、瞼の向こう側が明るかった。
 この部屋は、窓際にベッドがあるので、カーテンを引いていても朝陽が眩しくない程度に射し込み、目覚まし時計代わりに目覚めを促してくれる。
 ふと、目を開けると同時に、昨晩一緒に潜り込んだ温もりが隣にないことに気付いて、エマヌエルは視線だけで室内を見回した。
 寝室内には自分以外の人間はいない。
 彼女が起き出すのに気付かないなんて、滅多にないのに珍しい。そう思いながら身体を起こすと、昨晩脱ぎ捨てた衣服が自分の分だけベッドの足下に簡単に畳んで置いてあるのが視界に入る。
 先に起きた彼女がしてくれたのだろう。
 苦笑しながら、下着とスラックスだけ手に取って足を突っ込み、シャワールームへ向かった。

***

「あ、おはよ。よく眠れた?」
「……ん、まあな」
 シャワーを浴びて身支度を整えたエマヌエルがキッチンへ足を踏み入れると、台所に立っていたヴァルカが振り向いた。
 紅の髪は束ねられて、今日はポニーテールになっている。よかった、と応じて、可愛らしく破顔したその表情は、昨夜腕の中で艶めかしく喘いでいた女と同一人物には見えない。
(ってゆーか、朝から元気だよなコイツ)
 昨夜、あれだけ啼かせてやったのに、一晩寝たらケロリとしている。
 体力的に、ヒューマノティックは普通の人間とは違うし、肺活量も桁違いだが、夜の体力もそうなのだろうか。
(ま、俺自身もヒトのこと言えねぇけど)
 こっそり溜息を吐いて、朝食が並んだテーブルに座る。
 そうして椅子に腰を下ろしてから、エマヌエルはハタと目の前に並ぶ朝食をまじまじと見つめた。
「何?」
 すると、当然彼女が眉根を寄せてこちらを見る。
「あー、いや……その」
「断っとくけど、全部出来合いよ」
 パンとコーヒーだけは今用意したけど、と付け加えたヴァルカの顔が、若干不機嫌そうに歪んだ。
 以前、彼女のシチューで腹を壊したことがあって以来、彼女の作る料理だけは遠慮させて貰っている。それを、彼女も分かっているのだろう。いつそれを揶揄されるかと身構えている節がある。
「分かったよ。けど、そんなに怒るんなら起こせよ。俺が作るから」
「だって……」
 肩を竦めて言うと、ヴァルカは言い淀んで伏せた目をウロウロと泳がせた。
「何だよ」
 珍しく歯切れ悪い彼女に疑問を覚えながら促すと、彼女は尚も数瞬躊躇った末に、「起こすの勿体ないんだもん」と言った。
「……どういう意味だよ」
「寝顔なんて、滅多に見れないから」
 唇を尖らせて上目遣いに睨め付ける表情さえ、可愛いとしか思えない自分は、もう終わっている。
 自嘲混じりに軽く吹き出すと、案の定、「何よ」と言った彼女の声は、更にご機嫌斜めだ。
「なーんでもねぇよ」
「何でもあるじゃないっ。言いたいコトははっきり言ってよ、腹立つわね」
「ホントーにそんな大層なコトじゃねぇって」
 クスクスと笑いながら言えば、彼女はすっかりお冠だ。この後、本音を言ったら自分は無事でいられるだろうか、とふと思うが、その警告は敢えて無視して、腰を上げる。
 訝しげに首を傾げた彼女の顔に、上体を伸び上がらせて自分の顔を伏せ、その可愛らしい唇を軽く奪った。
「ちょ、朝から何っ……」
「何って」
 元通り腰を下ろして、コーヒーのマグカップに口を付けながら、可愛かったからつい、と付け足すと、忽ちその顔が真っ赤に染まる。
(……あー、ヤバい)
 益々可愛いという感想しか出て来ない自分は、完全に終わってる。
 それでも良いと思えるようになったのは、いつからだろう。

 爽やかな朝。そんな時間帯から頬を真っ赤にして、バカ、と悪態を吐く彼女との朝食。
 束の間の平穏が、今は何よりも愛おしい。

(fin)脱稿/up:2015.03.03.

新婚バカップル、万歳。みたいな話になりました。さり気なく前のお題の『19.あなたが起こしてくれるまで』を引きずってる感じですね。こっちはエマサイドで。向こうがヴァルカサイド。
……あれ、もしかしてこの『微エロなお題』の中で、エマヴァルが表に来たのって初めてじゃないですかね?(ヤバい、私が終わってるわ)
というか、お題と全然違う話じゃね? ま、お題から考えたということで一つ(逃)。


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