企画小説

□Bitter×Sweet
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「ねぇ。今日の帰り、一緒に帰らない?」
 昼休み、同僚の女性の一人からそう言われて、ヴァルカは首を傾げた。
「それとも、何か予定でもある?」
「予定っていうか……」
 ヴァルカは、CUIO本部の一室で待たせている、一人の少年を思い浮かべた。
 エマヌエル=アルバという美貌の少年は、現在、ある事件の余波をまともに喰らい、無実の罪で執行猶予、及び保護観察中の身なのだ。その担当保護観察官が、他ならぬヴァルカなのだった。
「急に何?」
 反問すると、サンドラという女性は、特段気にした風もなく答える。
「明日バレンタインでしょ」
「ああ……」
 聞いた途端、ヴァルカはどこかほろ苦い笑みを浮かべた。
 去年存在を知ったそのイベントは、旧暦時代の名残らしい。恋人の祭典と言われる二月十四日に、片思いの相手に思いを伝えたり、恋人同士で思いを確かめ合ったりする日だと聞いている。
 思いを伝える際に、チョコレートを贈る風習は、東島国から伝わったようだが、贈るものは特にチョコレートである必要もないらしい。
 彼女も、意中の男性にでも上げる贈り物を物色しに行くのだろう。
「ごめん。あたし今、一日中仕事なの」
「あ、そっか。確か、保護観察中なんだよね。あの綺麗な男の子の」
 通常、保護観察官は警官が行うものではないが、エマヌエルの場合は少々事情が異なる。
 CUIOから見れば、エマヌエルは一度『危険認定』がされたスィンセティックだ。並みの戦力では、万が一暴れられた時、手に負えない。相応の能力を持つ者に保護観察をということで、ヴァルカの『正体』を知る上層部の推薦もあり、保護観察官に任命されたという訳である。
 今、目の前にいるサンドラも、ヴァルカの『正体』を知る一人だ。
「それにしても、人は見掛けによらないってホントねー。あんなに綺麗な顔してるのに、危険スィンセティックだなんて」
「彼は無実よ」
 一言返された、冷ややかな声音に、サンドラは息を呑んだように黙り込んだ。
 自分の目の前にいる同僚が、同じスィンセティックだということを思い出したのか、それとも別の何かが脳裏によぎったのか、ヴァルカには分からない。
 ともかく、サンドラはそれ以上何も言わず、「じゃあね」と手を振って踵を返す。
 ヴァルカは、無言でその背を見送った。やはり、冷ややかな紅の双眸で。
 世の中の目なんてこんなものだ、とヴァルカは自嘲気味に思う。
 自分を基準に、それと少し違うだけで、『異端』と認識し、差別する。
 エマヌエルも、身体が改造されたスィンセティックだったというだけだ。それも、自らの意思ではない。
 それなのに、公的身分を持った者が、『危険だ』と騒いだだけで、大勢で寄って集って、問答無用で始末しようとした。そのくせ、彼に濡れ衣を着せた肝心のCUIO職員は、事実上の無罪放免である。
(バレンタインか)
 その行事は、ヴァルカにとって、ひたすら苦い思い出しかないものだった。
 エマヌエルが、そもそも『危険』認定されるきっかけになったのも、バレンタインが程近くなった、去年の今頃だったのだから。
 ヴァルカもその頃、ヒューマノティックの生き残りに言い寄られて、散々な目に遭っている。
(忘れていたかったのに)
 思い出したくもないコト、思い出させてくれて。
 中身を飲み終わって空になった缶を、くず入れへ向かってヤケクソのように投じる。怒りに任せて放った空き缶は、実に綺麗な放物線を描いて、見事にくず入れの中へ吸い込まれた。


「おう、お疲れ」
 終業後、エマヌエルが待つ部屋へ足を踏み入れると、手を挙げて迎えてくれた声の主は、何故かウィルヘルムだった。
 やや広めの机に付いているのは、今はそのウィルヘルムと、エマヌエルだけだ。そして、彼らの前には、缶コーヒーが鎮座している。

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