企画小説

□Melty kiss
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「ティオ、いる?」
 自室で読書をしていた少年の元に、そんな台詞と共に、淡い栗色の柔らかなウェーブを描いた髪を持つ少女が顔を覗かせた。
「何」
 ティオ、ことティオゲネス=ウェザリーは、読んでいた本を閉じて、顔を上げる。
 銀灰色の髪は、今は無造作に下ろされているが、女性めいて整った容姿と相俟って全く違和感がない。
 極上のエメラルドを思わせる翡翠の瞳を上げると、少女の若草色と視線が噛み合った。
 エレン=クラルヴァインという名の少女は、怖ず怖ずといった様子で、ティオゲネスの座るベッドの前へ来ると、「あのね」と躊躇いがちに口を開いた。
「ティオ、甘いものって嫌い?」
「甘いもの?」
 鸚鵡返しに訊ねると、エレンがコクリと頷く。
「別に好きでも嫌いでもねぇけど」
 それが、何なんだ? とばかりに眉根を寄せる。
 幼少期の環境柄、ティオゲネスは特に食べ物の好き嫌いはない。というより、選り好みしていたら、あっと言う間に餓死するような環境で育ったので、そういうことは言っていられなかったのだ。
 生存本能に従い、出されたものは食べるという習慣が染み着いていたので、CUIOに保護されたばかりの頃、ラッセルには「がっつきすぎだ」などと揶揄われていた。
「じゃあ、ちょっと下まで来てくれる?」
「何なんだよ」
「あの……あのね。チ……」
「チ?」
 心なしか頬を薄赤く染めながら、中々肝心なところを言わない彼女に、ティオゲネスは早くも苛立ち始めた。
 しかし、エレンは自分のことで精一杯なのか、ティオゲネスの苛立ちに気付く様子もなく、次の一言を思い切ったように一息に言った。
「チョ、チョコレートケーキ焼いたの。お茶にしない?」
「? ……ああ」
 ひどく思い詰めた様子だったので、内心何事かと思ってもいたのだが、蓋を開ければお茶の誘い。
 それだけのことを言うのに、何をそんなに躊躇っていたのだろうか、と思いながら、ティオゲネスはベッドから立ち上がった。
 彼女の後に従いて階段を降りると、階下にあるダイニングには、テーブルの上に、言った通りの可愛らしいデコレーションのチョコレートケーキと、ティーセット一式が鎮座している。しかし、その室内に、普段ならいる筈の他の子供達や、修道士達が見当たらない。
「なあ。他の連中は?」
「あ、うん。ブラザーに連れられて出掛けたわ。今日はその……バレンタインでお菓子とか安売りしてるみたいだからって」
「バレンタイン?」
 その一言に、翡翠色の瞳が僅かに見開かれる。
 弾かれたように向けた視線に、エレンの若草色の瞳が、逃れるように明後日を向いた。
 ティオゲネスが、二月十四日にあるこのイベントの存在を知ったのは、育った暗殺者養成組織が崩壊した後、この教会へ引き取られてからだった。由来はよく知らないが、要するに、恋人の為の祭典らしい。
 さっきから挙動不審だったのはそういうことか、とティオゲネスは納得すると同時に、ニヤリと唇の端を吊り上げる。
 つい先日、ティオゲネスはこのエレンと男女として気持ちを確認し合ったばかりだった。彼女が焼いたというこのケーキは、自惚れ抜きに自分へのものだろう。
 それが分かっているからこそ、揶揄いたくなる。
「ってコトは、これって」
「べ、べべべ別にっ、ティオだけにって焼いた訳じゃないんだからね! みんなが帰って来たら、おやつに丁度いいかと思って!」
「今、丁度三時だけど」
「〜〜〜〜っっ」
 爆発しそうに真っ赤になったエレンは、反論する程に墓穴を深くすることに気付いたのか、それ以上言葉を発することなくヤカンを取る為にティオゲネスに背を向けた。
 その拗ねたような様が可愛く見えて、思わず忍び笑いを漏らす。それを、意識して無視するように、エレンは慎重にヤカンを取り上げて、ティーポットに湯を注いだ。

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