企画小説
□03.「おいで」とその目に導かれ
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あの翡翠色の瞳は、まるで磁石だ。
最上級のエメラルドを思わせる輝きを放つその瞳に、思えば初めて出会った時から魅入られていたのかも知れない。
ノックもせず、そっと、音を立てないように扉を開けて室内を覗くと、ティオゲネスはベッドの上に両足を投げ出して座り、本のページをめくっていた。
最近、彼は読書が趣味になりつつあるらしい。
本人に言えば否定しそうだけれど、酪農家が点在するようなこの村には、他に娯楽がない。テレビはダイニングに一つあるきりだし、パソコンもない。村から出て、少し足を延ばして街まで出ればネットカフェがあるが、特別な用がなければそこまで行くことも稀だ。
街まで出るくらいなら、定期的に村を訪れる貸本屋に本を借りる方が早い。
今、ティオゲネスが読んでいる本も、そこから借りた本なのだろう。
伏せた瞼の下で、エレンの知る限り最高級の翡翠が、ただ視線を落とした先の文字を追って静かに左右している。
エレンが、ドアの陰から顔を覗かせていることに、気付いていないのだろうか。
いや、それはない、とエレンは即座に否定する。
彼は誰よりも気配に鋭敏で、幼い子供がよくやる『そっと背後に回り込んで驚かす』という遊びは、通用した例(ためし)がない。エレンは、彼に仕掛けたことはないが、彼よりも幼い子がそうしようとしても、『わっ』等と言う前に、ティオゲネスは背後を振り向き、逆に仕掛け人を驚かせているのを見たことが何度かある。
だから、恐らくエレンが顔を覗かせているのも知っている。知っていて、わざと無視しているのだろう。
それさえ、ティオゲネスの手管(てくだ)のようで、何だか悔しい。というか、両想いという状況になって殊更、彼は本当に年下なのだろうかと疑ってしまうことが増えた気がする。
ジリジリしながら暫くじっと見つめていると、ややあって、ティオゲネスが読んでいた本を閉じて、目を上げた。
翡翠色がゆっくりと、エレンの若草色を捕らえる。
視線が合った瞬間、ティオゲネスは唇の端を微かに持ち上げて見せた。
ただそれだけで、言葉で何か言われた訳でも、手招きされた訳でもない。しかし、その瞳が雄弁に語っている。「どうした、来いよ」と。
やっぱり、あの極上のエメラルドは磁石だ。それも、エレン限定に働く、素晴らしく強力な。
そう思いながら、今日も負けたような気分で、エレンは室内へ足を踏み入れた。
(fin) 脱稿;2014.02.17.
微エロなお題な筈なのに、全然エロくなくてすいません(謝罪ポイントがズレてます)。