企画小説

□05.もっと妖しく誘ってよ
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「ねぇ。『妖しく誘う』ってどんなカンジ?」
「はぁ?」

 唐突にそんなことを訊かれたら、ティオゲネスでなくとも間抜けな声を出すだろう。
 まして、それが意中の彼女の言うことであれば、尚のこと。

「……悪ぃ。脈絡がなさ過ぎて、質問の意味が理解出来ねぇ」

 やや間を置いて、ティオゲネスは早くも白旗を揚げた。
 こんなに早く、何かに対して『降参』の意を示すのは初めてだ。まあ、ティオゲネスの場合、そう簡単に降参していたら、今頃この世にいないという世界で生きていたのだから、当然だが。

 しかし、詳細に質すと、エレンは薄赤く頬を染めて、モゴモゴと口ごもりながら言った。

「えー……え、とね。あの……この間、ヘルミンが持ってた雑誌の中にあったのよ。その……男の子は、女の『妖しい仕草に弱い』って。そういう仕草で誘えば喜ばれる、とか何とか……」
 言うほどに台詞が尻すぼみになっていくのは、彼女がその内容を理解しているからでは決してないだろう。恐らく、単純に恥ずかしいか、照れ臭いからだ。
 何せエレンは、十六歳という年齢に似合わず純粋で、男女の最終的な『スキンシップ』と言えば『キス』でオシマイだと未だに思っているらしい。だから、『妖しい仕草』の具体的なものは疎か、『誘う』という意味に至っては、本当に『ただデートに誘う』とか、その程度の認識しかないに違いない。
 ちなみに、ヘルミンというのは、この孤児院にいる少年の一人だ。確か、十にもなっていない筈だというのに、どこでそんな、それこそ怪しげな雑誌を手に入れたのか。
(……野郎、後で一発殴る)
 物騒な決意を脳裏で呟くと、ティオゲネスは吐息を漏らしてエレンに目を向ける。
「……で、その解答を何で俺に求めるんだよ」
「だ、だって、……あたしにとって、そういう対象の男の子って……ティ、ティオしかいないもん」
 真っ赤に頬を染めて、やはり尻すぼみに、それでも言い切った彼女の顔と来たら。
(……ヤバい)
 思わず口元を手で覆う。触れて確認するまでもなく、自分の頬が熱を持っているのが解る。
 可愛過ぎて、今すぐ抱き寄せて襲いたい、というのが、ティオゲネスの偽らざる感想だった。
 同時に、彼女の無意識さが怖いような気がする。
 何と言っても、ここは孤児院の子供達の私室で、一人部屋ではないが、今は二人きりで、しかもティオゲネスは自分のベッドの上に両足を投げ出して座っている状態だ。
 そういう場所で、男に向かってそういう話をすることの意味が解っていないところが、恐ろしい。しかし、それを教えてもいいのかどうか。
「……っていうか、お前俺をオトコと思ってねぇだろ」
「え?」
 出し抜けに言われたことに、エレンは脈絡を感じなかったのだろう。
 まるっきりキョトンとした顔で、若草色の瞳をまん丸に見開いている。
「え、何? ちゃんと男の子だって解ってるよ? 男と思ってないって、どういう意味?」
 本当に困っている顔がやっぱり可愛くて、ティオゲネスは小さく苦笑を漏らした。
「どういう意味か、教えて欲しいか?」
 反問しながら、手を覆っていた手を退けて、唇の端を微かに持ち上げて見せる。
 その自分の表情が、彼女からどんな風に見えたのかは解らない。
 ただ、瞬間的に再度頬を薄く染めて、肩を小さく震わせると、「や、やっぱり、今度でいいっ!」と回れ右をして、普段の彼女からは考えられない素早さで、部屋を出て行った。
「……ざーんねん。後ちょっとだったのに」
 やや置いて、独りごちた台詞は、受け取る相手もないまま室内に落ちる。
(でも、次はないぜ?)
 脳裏に呟いた言葉は、無意識に浮かんだ不敵な笑み相応に物騒だ。

 きっと、彼女になら、どんな風に誘われたって、秒殺だとは思うけれど。

(なあ、今度は)

 もっと妖しく誘ってみろよ?

(fin)脱稿:2014.02.18.

微裏っぽいようなそうでもないような。
最後、無理矢理お題に合わせました。
締めが意味不明になった感がありありで、すみません。


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