Novel
□カルマの坂
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土曜日の朝、毅はいつものように音もなく目を覚まし、小さな寝床を抜け出す。
食卓に置かれた冷たいおにぎりをほおばると、裸の足に靴を履いて、小さな庭に出る。
「サスケ」
犬小屋に向かって囁くと、毅と兄弟のように育った小麦色の犬が鼻先を出した。
「行こう」
毅が首輪をはずしてやると、サスケは小屋を出て、従順に毅の後を歩き出す。
ふたりはまだ半分眠ったままの町を走り出した。
今日はあの男が家に来る日だ。夜までどこでどう過ごそうか。
ポケットの中のビスケットの袋を握り締めながら、毅はため息をついた。
毅の本当の父親は、毅が6歳のときにサスケと毅を置いて家を出て行った。
母親の清美は泣いた。泣き崩れて、幼い毅を困らせた。
それでも、頼りないながらも彼女はなんとか母親をこなし、毅はそれを支えようとし、サスケと三人で生きていた。
1年前、あの男が来るようになるまでは。
男は家に来ると、毅やサスケを邪魔そうに見た。うるさくするとぶたれることもあった。
清美の母親らしさは失われていき、かわりに女らしさが増していった。
あの男が来る日は、香水のにおいがきつくなった。
好きだったはずの母親のにおいに、いつの間にか毅は吐き気を覚えるようになっていた。