08/25の日記

16:03
炎の槍
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 これは、3人がトリス洞窟から帰ってきてから数日後のこと。


 部屋に軽く響いたノックらしき音に、サファイアの意識がゆっくりと浮上してきた。意思に反してなかなか開かない目を擦り、今まで眠っていたベッドの上からドアへ視線を投げかける。

「……ふあぁぁ……お客さん、かなぁ……」

 再び、今度は強めに何かを叩くような音が聞こえ、そこでようやくサファイアはベッドから降りる。欠伸混じりに伸びをしてみたものの、長らくくっついていた瞼は未だに離れようとしてくれない。

 今日――エスターズは、ここ最近気を張り詰めなければならないイベントが続いて疲れたというエレッタの心の叫び、もとい休日要請を受け、久々に探検活動の休止日を設けていた。
 もともとギルドの締め付けは緩いので休みなど好きなときに好きなだけ取れるが、探検隊としての自覚や次々と寄せられる依頼や情報に振り回され、3人は休みをあまり取っていなかったのだ。

 が、その休みだというのにエレッタもミラもどこかに出掛けてしまった。サファイアは休日らしく心行くまで惰眠を貪っていたのだが、昼過ぎともなるとさすがにただ寝るのにも飽きてくるようで。

「はいはぁい、今開けますよっと」

 相変わらず半開きの眼のまま、ノックのような音がしたと思われる部屋のドアへ向かい、開く。どうせマロンかアルビス辺りだろうと検討をつけて出た廊下には……

「えー、何コレ……誰もいないじゃん」

 サファイアの無気力な声が静まり返った廊下に響いた。
 他の部屋へと続く廊下には、彼女以外の気配はない。ノックの音からそこまで長い時間が経っている訳でもなく、いないと判断された可能性は低い。
 ピンポンダッシュの類か何かかと一瞬思いかけたが、すぐにその案は切り捨てる。大体の探検隊が仕事に出掛けている中、そんな暇なことをする輩はおそらくいない。

「……まあいいや、もっかい寝ようかな……」

 音の謎は気になるが、今廊下にいても仕方がない。そう判断してサファイアは部屋に戻り、寝ぼけ眼のまま窓近くのベッドに飛び乗って。

「――うっひゃえうあぁぁ!?」

 目の前の窓にべったりと張り付いた某ネズミの姿を見付け、自分でもどう発したのか分からない悲鳴と共にベッドから盛大に転げ落ちた。


「全く! どうしてわざわざ窓から入ろうとするかな!? ギルド入口から入るとか、誰かに呼び出してもらうとか、もっと他にやり方はあったでしょうに!」

 机をバンバン叩きながらプンスカ怒るサファイア。その怒りの矛先は、机の反対側に鎮座しけらけら笑うピカチュウ――エレッタの兄、ルクスだ。

「いやあ、ごめんねぇ。僕やレイダーってもしかしたら一連の蒸発事件のお尋ね者になってるかもしれないし、堂々と入るのはまずいかなって」

 全く悪びれる様子を見せないルクスの笑い方は、エレッタそっくりだ。さすがは兄妹である。
 ルクスは笑顔のまま、サファイアが棚から引っ張り出したオレン味クッキーを口に放り込む。こんな状況でもちゃんとクッキーを出して来客をもてなすサファイアであった。

「レイダーはともかく、ルクスさんは存在自体知られてないから! 絶対今ので寿命5年は縮まったよ、もう……」

 ぶつぶつと不平を零すサファイアに、ルクスは手を叩いて気を引き付ける。

「はいはい、言いたいことはあると思うけど、とりあえずこっちの話を聞いて。僕がここまで来たのは他でもない、君に用事があったから」

「……へ? 私?」

 サファイアとしてはてっきりエレッタに用事があるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。顔を上げたサファイアに、ルクスはにこりと笑いかけた。

「レイダーから聞いたんだけど、君って氷タイプの目覚めるパワーを使えるんだってね。で、そのちょっと変わった活用法を伝授しようかと思ってさ」

「新しい、活用法……?」

 サファイアは訝しそうな目をルクスに向けるが、これがこの技に関しての世の中の普通の反応である。
 目覚めるパワーを使うポケモンはちょくちょくいるものの、使うポケモンによってタイプが変わってしまう特殊な技。故に、数タイプに共通した改良は難しいとされる技だからだ。

「んー、まずはちょっと目覚めるパワーを撃ってみてくれない? 部屋の中だし力はいれなくていいよ」

「はぁ……」

 何をする気かと不思議に思いながら、サファイアは顔の前に1つだけ目覚めるパワーのエネルギーで作った氷を浮かべる。
 思えば、この技はエレッタやミラには及ばずとも随分とサファイアの身を守ってくれている。

 サファイアが作り出した目覚めるパワーのエネルギーを見て、ルクスは感嘆の声を零した。

「うん! 基本的な条件は満たしてるね。確かにこのままでも十分攻撃手段としてはいいんだけど……」

 そう呟きながら、ルクスはクッキーをもう一枚頬張ってから自分の黒マフラーからリンゴを取り出し机の上に置いた。
 一体どこから出してるんだと突っ込みを入れかけたサファイアだったが、ルクスが手を振り上げ炎の球を作り出したところで大人しく黙り込む。

「行くよ……目覚めるパワー!」

 ルクスはその声(トリガー)と共に、炎の球をリンゴに投げつける……かと思われた。
 ところがルクスは炎の球を手で引っつかみ、さらに球にエネルギーを流す。
 するとサファイアの目の前で――炎の球は細く引き延ばされ、さながら炎の槍とでも呼ぶべき形に姿を変えた。

「へっ!?」

 呆然とするサファイアに構わず、ルクスは炎の槍をリンゴに突き立てる。
 槍はリンゴに突き刺さったかと思うとあっという間に霧散し、机の上には表面がこんがり焼けたリンゴが残る。

「よっし、こんなもんかな。あ、リンゴ半分あげるね」

 目をぱちくりさせるサファイアの隣でルクスは焼きリンゴを半分に割り、片方をサファイアに差し出した。
 ルクスが割ったリンゴの断面も、しっかり焼いた跡が残っている。

「……え、ルクスさんって炎タイプの目覚めるパワーの使い手だったの?」

「まあね。ほら、夜の湖に残り火代わりに放ったりすれば、多少の撹乱になるかと……」

 ルクスに言われたサファイアは、とある文章の一部を思い出していた。
 あのユクシーがいなくなった経緯の説明に、確かに湖の辺に残り火があったと書かれていた。
 湖の住人からの侵入者は赤い身体だという証言も相まって、ギルドでは犯人は炎タイプだという説が広まっていた。それを考えると、どうやらルクスの目論見は完璧に成功していたらしい。

「でも、今の形は……?」

「あれは、エネルギー体への干渉だよ。一回発射してしまうと、遠距離技ってのは大抵自分の制御から離れて操作出来なくなる。だからこそ、発射直前に細工を施すことで安定して改良出来るんだよ」

 サファイアはルクスの放った槍の跡をリンゴを通して推定してみる。
 あの炎の槍は、リンゴに当たるやいなや、まるで水がかかったかのように掻き消えた。
 リンゴの表面を見ても、槍が表面に少し刺さっただけで貫通どころか真ん中まで達している訳でもない。小難しいことは分からないが、対象の身体に直接熱のダメージを与えていると考えるのが妥当だろう。

「どう? 君の技のタイプは氷だから、炎と違って簡単に形くらいは変えられる。試してみる価値はあると思わない?」


 一方で、エレッタとミラは、あのダイヤモンドランク以上の探検隊しか入れないエリアにあるドリンクバーで向かい合っていた。

「このエリアにあるのは……主にドリンクバーと闇市。闇ってのにギルド公認っても変だよね」

 リンゴジュースについてきたストローをくわえながら、エレッタはミラに話し掛ける。

「まあ……闇って言っても、単に珍しくて高い道具を売ってるってだけだけど……」

 ミラもミラでオレンジュースを飲みながら、このエリアの地図を眺めている。

 今日、エレッタとミラはこの前調べることが出来なかった、このエリアにある闇市と呼ばれる店を覗いてきた。
 さすが闇市と言われるだけあっていつものカクレオンの店では売ってないものが多い。例えばオボンの実やいのちのタネ、連結箱などなど。勿論値段はお察しだ。金(ポケ)と在庫さえあれば買えるのだから、まだ安いとでも言うべきだろうが。
 ちなみにこの上級限定エリアの更に先にある土地はかなり広い。森や湖があったりして、下手をすればそのままダンジョン化しそうな自然が広がっていた。

「ま、とりあえずあたし達じゃ利用するにも一苦労って感じだし、今日は帰る? そろそろサファイアも起きてるだろうから」

「それがいいかも。じゃ、これ」

 エレッタの問いにミラは頷くと、バッグの中から一枚のメモを渡す。
 エレッタが軽く目を通すと、どうやら何かの箇条書きが纏められた物らしい。

「ん? 何これ?」

「買い物リスト。わたしは先に帰ってる。調べたいことがあるから」

「ああ……分かったよ、分かりましたよ……」

 そう、その紙にはミラの字で必要な物とその数がきっちり書き込まれていた。今のような、正午と夕方の中間のような時刻だと、カクレオンの店は殆ど混むことはない。
 それぞれがやることを頭の中で反復しつつ、2人は席を立った。



「ミーラー、サファイア〜。頼まれてたやつ買ってきたよー……」

 買ってきた物をバッグに詰めたエレッタは、ミラに少し遅れてギルドの部屋に戻り、荷物を置く。
 部屋に帰って甘いものが食べたくなったエレッタは、少し前にカクレオンの店で買ってきて棚に置いたオレンの実のクッキーを探して……ぴたりとその手を止めた。

「……おかえり」

 何故かサファイアの姿はベッドになく、1人で本を読んでいたミラから返事が帰ってくる。椅子に座っているらしく、エレッタからは背を向けている状態だ。

 そんなミラに、エレッタは首を傾げながらとある質問を投げかける。

「ねえミラー、ここに置いてあったあたしのオレンクッキー知らない?」

 まあ、こんな質問だからミラから返ってくる返事はおそらく"知らない"だけだろう。聞く相手が悪かったな……と顔をミラの方に向けると。

 エレッタの目に、丸いクッキーをかじりながらこちらに視線を向けているミラの姿が見えた。

「…………え?」

 首をそちらに向けたままフリーズしたエレッタに構わず、ミラはクッキーを口に入れる。そのままクッキーを噛み砕いて、ごくりと飲み込んで。

「知らない」

 けろっとした顔で、予想通りの返事を送ってくれた。

「――どの口が言うかーー!」

 それを認識するなり、エレッタはミラに飛び掛かる。が、ミラが身体ごと椅子を少しずらしたために、直線ストレートコースを跳んでいたエレッタの狙いは見事に外れ、勢いを殺す間もなく窓際の壁に顔面衝突した。
 そんなエレッタの様子を見つつ、ミラは机の上に置いてあったオレン味クッキーをもう1枚口に入れた。
 それと同時に、部屋の扉がバーンと勢いよく開く。そこには、朝にいくら起こしても起きなかったサファイアが立っていた。

「み、みみみミラ!? 何か今すごい音がしたんだけど……ってあれ、エレッタは?」

 帰ってきたのは、いつの間にか起きていたらしいサファイア。とことこ部屋に入ってきた彼女に、ミラは本を読みながらエレッタを指差した。

「ん? そんなところに……え、エレッタ!? 大丈夫!?」

 サファイアは壁に刺さるように沈没しているエレッタの姿を認識するが早いか、電光石火並のスピードでエレッタに駆け寄り揺り起こした。エレッタはよれよれになりつつも身を起こし、サファイアに寄り掛かった。

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