黒猫が泣く

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「恨み、聞き届けたり…。」
解かれた糸とともに、部屋にそっと響く声。未だに慣れないが、それは私の声だ。
今回の依頼者は女子高生。私は猫としてその子に近付いた。
その子は傷ついた顔をして、「お前も1人なの?」と言いながら私を撫でると、雨と一緒に涙をこぼした。
この仕事をし始めて比較的日の短い私は未だ考えてしまう。もしも、自分が地獄通信を使うことが出来たなら…
「(代償も顧みずに使っていたのかな…、)」
依頼者が同級生に殴られ蹴られる。そんな姿が、遠い記憶を呼び起こした。


―「(やめて…!)」
―「コイツが…!この黒猫が、災いをもたらしてるんだ!」
―「違いねェ!青い眼ェした黒猫なんて見た事無ェぞ!」
お願い、やめて…!!!と、声にならない声は届かずに、殴られ蹴られた。
美しい黄色い瞳の白猫が知らぬ顔をして通り過ぎる。
この頃この村で広まった噂は、”青い瞳の黒猫が横切った者に災いが起きる”
貧困に苦しむ生活が続き、流行り病で多くの人間が亡くなった。今年は農作物もほとんど収穫出来ず年貢が払えない。
人間の苦しみなど露知らず、平然と毛づくろいをする黒猫の姿に腹を立てた村人が描いた妄想だった。
昔から長生きの猫は化け猫になると言われる。その猫がいつ生まれたかは定かでないが、少なくとも10年程は生きていると考えられた。この頃の猫にしては長生きで、また珍しい瞳の色が災いした。
人々は苦しみを何かにぶつけたかったのだ。
―「(この間までは、綺麗な眼だと言ってくれていたのに…。)」
暴行を受けながら、今自身を農具で殴っている青年を見上げる。
その黒猫は人間の愚かさを嘆き、これを境に妖怪となった。村人の言う通り、化け猫と化したのである。

それから猫は、ふらりふらりと気ままに様々な場所を巡った。時には誰かの家で可愛がられ、時には疎まれ。
長い年月を過ごせば、どこに居ても化け猫と恐れられる。(最もその通りであるが、)
猫は人間が「長生きだ」と言い出した頃には、必ずふらりと別の地へ降り立った。

その生活が何百年と続いた。その黒猫にとって、長い年月は退屈だった。
けれど、あの時の想いが魂を消滅させてくれない。
―「黒猫なのに青い瞳なんて珍しい。綺麗な眼だね。」
自分の前に屈み、顎の下をゴロゴロと撫でてくれる。その声も心地よくて、その青年が好きだった。
だからこそ、あのおぞましい記憶は自分をこの世界に縛るのだと、少しずつ理解し始めた。
いつも可愛がってくれる人間も、終いには長生き過ぎて不気味だと言い始める。
野良猫と一緒に居たって、周りばかりが先に死ぬ。結果、猫にさえ、アイツは恐ろしいと言われる。
黒猫はいつだって孤独だった。


ある日、京のはずれが騒がしくなった。黒猫はその様子を田んぼの間から見つめる。

多くの男たちが歩いて向かってくるのに、旗を挙げていないし、偉そうに馬に乗っている人が少なすぎる。定期的に行われる参勤交代では無さそうだと思った。
服装は全体的にみすぼらしく、一部のみが重そうな衣服を担ぐようにして歩いているのみだ。
何より目を惹いたのは一部の男たちの目だ。目が、これから先を見て輝いている。
人間の”希望”というヤツなのだろう。黒猫はあの日、それを忘れてしまったけれど。
先頭を駆けていく男性は京の街を見て、「よし」と呟く。列の中央では、青年とメガネをかけた男性が笑顔で話している。二人が何について語っているか分からないが、彼らの名は”おきた”と”やまなみ”であるようだ。”やまなみ”は別の人から”さんなん”とも呼ばれていた。
何故か、その青年が印象的で黒猫は隊列に付いて行く。何故か、なんてものじゃないのは、本当は分かっていたけど、黒猫は心の奥底に閉まっていた。あの青年と”おきた”は似ていたのだ。

浪士たちが宿に着く頃、縁側に腰を下ろす”おきた”を気にしている。”おきた”は黒猫に気付き、手招きした。黒猫は恐る恐る側に行く。「おきた」が顎の下を撫でるのが気持ちよくて、黒猫は彼の手の甲に顔をすり寄せた。彼の手が止まったことを不思議に思い、大きな瞳で彼を見つめると、彼は黒猫の眼を覗き込み「へー、蒼いんだね。」と呟いた。
「沖田くん、」と声をかけたのは”やまなみ”だ。”おきた”がこの子の眼を見てください、綺麗な青ですね、と言った。その言葉に黒猫はドキとした。
「異人もこんな目をしてると聞いたことがある。」
「やまなみ」は、そう言ってからこれから始まる日々を見つめた後で、黒猫を撫でた。
黒猫を可愛がったのは、”おきた”と”やまなみ”。それから、”やまなみ”を慕う”とーどー”だった。
その人たちの側は心地の良い空間だった。
「名前をつけたらどうだい?」
「僕が付けるんですか??」
「ああ、沖田くん。君が一番可愛がってるだろう?」
「んー、じゃあ…そうだなー………黒いからあんこ!どうです?」
やまなみは、君らしいねと笑った。とーどーは、半ば呆れていたが、結局黒猫の名前は「あんこ」が定着していった。
気ままに屯所を訪れると誰かが「あんこ!」と黒猫を呼んだ。鬼と呼ばれる”ふくちょー”さえも、そっとおやつを分けてくれた事さえある。
黒猫がふらりふらりと世を渡る時間の中では、わずかな期間であったが、黒猫は幸福を感じていた。そんな中、やまなみが居ないと皆が騒いだ。おきたが馬を走らせて迎えに行った。帰ってくると、やまなみは殺された。おきたによって。とーどーは静かに泣いてた。女の人が泣きわめいていた。おきたは何も言わずに遠くを見つめていた。 おきたは何も言わずに遠くを見つめていた。 黒猫は悲しいと思った。
それからしばらくして、とーどーが離れていった。「お前も一緒に来るか?」と撫でられたけれど、黒猫は動けなかった。
「そうだよな、……じゃーな、あんこ。」
とーどーはおきた達と対立して、戦って死んだ。ながくらが泣いた。きょくちょーとふくちょーも俯いて何かを堪えていた。おきたは何も言わずに遠くを見つめていた。黒猫は悲しいと思った。
おきたはあまり笑わなくなった。無邪気な表情も子どもたちと遊ぶ様子も見れなくなった。黒猫は悲しかった。
おきたは病気のせいで皆とは別れた。付いて行ったら、ふくちょーに「オメェはどこまで総司が好きなんだ、」と呆れた顔をされた。
おきたが死んだ。黒猫に刀を振りかざして。おきたは「この黒猫が、僕を殺そうとしている。」と言った。それから泣きながら笑って「僕は猫さえ殺せない」と呟くと遠くを見つめていた。その瞳から、初めて出会った時の光はすっかり失われていた。黒猫はまた裏切られた。


黒猫はまたふらりふらりと歩きまわった。
やはり人間に深入りするものではない。また独りだ、と思いながら路地裏へと入る。
すると、紺色の着流しを着て片目を前髪で隠した男が笑って言った。
「綺麗な眼だな。瑠璃色、って言うんだったか?」
黒猫はビクリと身体を震わせた。「猫には分かるのかな、」と困ったような笑顔で、頭の後ろをかく男が人間でないことを察した。猫が警戒を顕にすると、「あー、ごめんごめん。すぐに仕事に戻るよ。」と無理に笑った。
「結構忙しいんだ。こうやって時代の波が押し寄せるとさ、…」
男は遠くを見つめていた。時代が変わろうとする時、必ず誰かが犠牲になって、それを恨む人がいる。恨まれた人に復讐すると、その周囲がまた憎む。恨みと憎しみは繰返す。
時として人は、仲間さえも斬ってしまう。

するとチリン、と鈴の音がして、長い黒髪の女の子が黒猫を撫でた。その女の子が「来なさい」と呟くと、黒猫は光に包まれる。
一緒に行けば、もう独りじゃなくなる?
思ったことが声になって響いた。誰も聞いてくれなかった悲しさ、寂しさが伝わったことに驚く。
「ええ、きっと。」
黒猫が赤い目をした女の子の手を取ると、スッとまた光がさして、黒猫を包む。眩しくて目を瞑る。次に目を開いた時には、手足も顔も人間と同じようになっていて。夕暮れに包まれた、ひっそり佇む家の中に居て、目の前には着物を持った女の子が居た。その着物に腕を通す。人間の姿になっても消えなかった耳としっぽ。しっぽには鈴の通った水色のリボンが付けられた。

「あら、新入りかい?」
胸元を開かせて妖艶な雰囲気を魅せる女性が言う。私をここへ連れてきた女の子がコクリと頷くと、隣りにいたお爺さんが「よろしくな」と言った。
私が警戒していたせいで、最初に出会った時の一目連はなんとも言えない表情をしていたなー、と思う。




「帰るよ」
お嬢がそう言えば、私には帰る場所があるのだと実感する。
「んー、疲れた…。帰ったらお昼寝しよう。」
仕事を終えて伸びをしたら、骨女に呆れられた。
「アンタ、今回の仕事は猫になってゴロゴロしてただけだろ?まだ寝るのかい…」
「ちゃんと依頼者の観察して報告したでしょー?ほぼ寝ないで見てたんだからね。眠いよー、猫なんだもん……」
「化け猫と猫って何が違うんでィ」
「知らない…、」
人間に言葉は伝わらないし、眠いし。
「……死ねないことじゃない??」
長い間、ずっと孤独だった。大切な人に傷つけられて、大切な人を大好きな人に殺されたりもしたし、大好きな人に殺されそうにもなった。だけど、それでも独りでは寂しいなんて可笑しな話だけれど。
あまりお互いの過去には干渉しない。でも側にいる。今は、この距離感が心地よかった。















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