黒猫が泣く

□03
1ページ/2ページ




この仕事を始めてから、150年程の時間が経った。独りでふらふらしていた頃も合わせて、300年近くこの世を見ているけれど。
いつだって何も変わらない。哀れな人間は恨み憎しみ互いを傷つける。
「(お嬢はこんな仕事を400年も続けているんだよね、)」
茜色に包まれた縁側から、水浴びをするお嬢の姿を見つめる。

「お嬢は何してんの?」
家の中から現れた一目連に、「一目連は見ちゃダメ。」と一言添えてから水浴びだと伝えた。
「輪入道は一緒に風呂入ってただろ、」
「輪入道はおじいちゃんだからいいの。」
「ハゲだもんねー」と高い声が聞こえてきて、「きくり…、」と否定する言葉が見つからないながらに宥める。
ハゲ=おじいちゃんって訳でも無いんだけどね。
”おばあちゃん”が「あい、」と声をかける。お嬢は「今行く。」と返事をした。
「あ、一目連見ちゃダメ。」と目をふさぐ。
「目、ふさぎきれてない…。」
そうだ、一目連には頭の上にももう1つ目があるのを忘れていた。私が「変態」と呟くと、苦笑いをされた。
「まだ、俺があのオバサン誘惑したこと怒ってるの?」
「別に一目連が誰と変なことしようと関係ないもん、」
「変なことって何かな?」とニヤニヤ笑う一目連は変態おやじみたいだ。
きくりが一目連のあだ名 (?) を目玉からエロ目玉にしたのも納得できる。
「顔赤いけど、言えないようなこと?」
「ばか!!!」
骨女が遠くで「ああやってるとバカップルだよね」とため息交じりに呟いて、輪入道が「おいお前ら、イチャついてねーで行くぞ」と声をあげる。
「イチャついてなんか無いよ!!一目連がいじめる!!!」
「はいはい、一目連。好きな子いじめるのも大概にしなよ。そのうち嫌われちまうよ。」
「そうだ、男ってのは素直に愛を伝えなきゃならねーときがあるってもんよ。」
顎に手を添えてかっこつける輪入道。愛?何を言ってるんだろう、と思いながらお嬢について依頼者のもとへ向かった。


今回は家族の問題か。こういう場合は、学校に潜入しても口を割らない事が多い。
だから調査対象は女子高生だけど、今回は猫として潜入する方が良いだろう。
「(また、独りぼっちの女の子か…。)」

彩奈ちゃんという女子高生だ。母親は居たが、折角始めた事業に失敗した。
借金を返済しようと必死で働いたが、それも限界を迎え。
「自ら刃物で命を絶った―…」
隣で一目連が呟く。
「俺はもう少し詳しい事を図書館で調べてくる。夕葉はあの子の側に居てくれ。」
「分かった。」
「よろしくな。」

姿を猫に変え家の近くに行くと、「どけ!」と男の人に蹴られた。
その男は借金取りで、何時間も彼女の家を蹴り続ける。
「オラ!!金返せよ!!!返せねェってんなら、母親みたいに死ね!!!!!」
この借金取りが今回のターゲット。流される予定の相手だ。
家族を失った孤独な少女にとって、これは苦痛でしかない。どこにも逃げ場が無くて…。
「(本当に子どもを愛しているのなら、何故子どもに苦痛を押し付けたのか…。)」
共に死ぬしかない、と考える母親も多い。それを、この世の中では一家心中とか言うみたいだ。
借金取りの男は一向に去る様子が無い。少女は鳴り響く騒音から耳をふさいで小さくなっていた。
猫の姿になった私は、窓ガラスが割られた裏側の窓からするりと家に入り込んだ。
近付けば、気配を感じた彩奈ちゃんはビクと肩を震わせた。それを和らげるように「にゃーん」と鳴けば、少女はそっと手を伸ばし「心配してくれるの?」と涙を浮かべながら小さく笑った。
借金取りが去るまでの間、黒猫は少女に寄り添っていた。身体を伸ばして、彼女の前に寝そべると前足を挙げて構えと要求する。
「(彩奈ちゃん、少しは嫌なこと忘れてくれるかな…?)」
「ふふ、ありがと。」
言葉は出ないけれど、何か伝わったみたいだった。

借金取りの気配が無くなると、天井に瞳が現れる。一目連が近くに居ることを察したが、今はまだ彩奈ちゃんの側に居たかった。しっぽを揺らして鈴を鳴らす。彼女の笑い声が重なった。
彩奈ちゃんが安心して眠ったのを見計らって、一目連と輪入道の元へ戻る。
毬柄の着物をまといながら人間の姿へ変わると、「ごめん、遅くなった」と小さく呟いた私。そこに一目連の手がポンと乗せられた。そして、「おかえり」と欲しい言葉が降って来た。

「一目連、何か分かった?」
問いかければ、少し寂しそうに笑って「ああ、あの子の事、やっぱり知ってた」と呟いた。
輪入道が「俺も言われてから思い出したよ、」と一目連が図書館でコピーして来た新聞記事を渡される。
そこに載っていた顔写真を見て、あの時の、と2つの事を思い出す。一目連が頷いてから「因縁ってやつかな」と呟いた。
その女性、自殺してしまった彩奈ちゃんの母親は、10年程前にお嬢が以来を受けた人物だった。
だから先日亡くなった時には、恨みの代償としてお嬢が舟で迎えに行ったのだ。

10年前、彼女は彩奈ちゃんを守るために自分の夫を地獄へ流した。酷いDVを受け、近所に暮らしていた叔父もそれを黙認。
それどころか酒を飲めば暴力を煽り、その女性に「早く子どもを泣き止ませろ」と言葉を投げかけた。
私はハッとして、「その叔父さんが、彩奈ちゃんに家に来いって言ってるって、」と呟けば一目連と輪入道が「何だって、」「何だと」と声を重ねる。
「さっき、彩奈ちゃん、借金取りが家に来てて。泣きながら呟いてた…、やっぱり叔父さんの言う通り、叔父さんの家に行った方がいいのかな、って…。」
一目連が顔をゆがめて、輪入道がいつも通り「でも、」と呟いて。
「分かってる、情に流されちゃダメ。…余計なことは言わないし、今回私は何も言えないから。」
地獄に居るのだから当たり前だけれど、苦しい。でも、この胸の痛みはきっと皆で分け合ってるから。

翌日、また借金取りが来た。彩奈ちゃんは震えながら藁人形を見つめる。
すると「彩奈!!!」と男の人の声がして、家に飛び込んでくる。
「叔父さん…!」と涙を浮かべながら、男の方を振り向く彩奈ちゃん。
私はその姿を見て、やはりあの時の男だと思うのだった。
叔父さんは、叔父と姪の関係であるとはいえ、女子高生に対して少し距離が近い。彩奈ちゃんもそれには違和感を抱いたらしく「叔父さん…?」と言いながら少し相手を押し返していた。
状況が落ち着くと「やっぱり叔父さんの所に来なさい」と言うが、彩奈ちゃんは母親との思い出があるから、と断る。
叔父さんは「そうか」と寂しそうに呟く。「今日は帰るよ」という背中まで悲しそうに演出させながら、外まで追いかけると家を睨みつけて小さく舌打ちをした。
更に日は経つが、闇金業者の嫌がらせのような取り立ては続く。ついに、彩奈ちゃんが家に帰ると自宅に火がつき、消防車が駆けつけた所だった。
「ここまでするなんて…」
彩奈ちゃんがショックを受ける中、近所の人たちは「迷惑だわ」「今回はボヤで済んだから良いけど…」と囁く。

それから、少し寂しそうな顔で友達に話す彩奈ちゃんの姿を見た。
「私ね、叔父さんのところへ行こうと思う。」
友達は「そっか、」と呟いて、それでも賛成していた。その友達に、彩奈ちゃんは地獄少女にお願いした事を告げる。
「実はね、地獄少女に、あの借金取りを流してってお願いしたの。でも、最近ね誰かに見守られている気がするの…。」
友達が「この間も言ってたね、」と回想するのは、先日何気なく2人が一緒に帰っていた時のこと。
その光景の中に、私も居て。その隣には一目連が居た。

―「…今、誰かに見られていた気がする。」
―「え、ストーカー……?」
―「ううん、違う…。そういういやらしい感じじゃなくて、何か…優しく見守られているような、」

「きっと彩奈のお母さんが見守ってくれてるんだよ。」
「そうだよね、…お母さん、きっと天国から見守ってくれてる。私が地獄流しなんてしたら悲しむよね。」
空を見上げる姿を見守る人、その温かい視線が一目連だって私は知ってる。少しだけ胸のあたりにチクリと痛みが刺した。

「もう大丈夫かな、」
「どうだろう…。」
視線の先の彩奈ちゃんが少しだけ羨ましくて、曖昧に意地悪な回答をしてしまった。
でも、彩奈ちゃんが大丈夫じゃない、と思うのには私なりの根拠がある。
「あの叔父さん、ただ親切に彩奈ちゃんを迎え入れているようには見えないよ、」
「そうか…、」
あの借金取りを地獄に流さないと決めたなら、藁人形は回収しなければならない。
もしかしたら、彩奈ちゃんが叔父さんに酷い事をされるかもしれないのに、私たちはそれを伝えることが出来なくて。
多分、何が起きても何も出来ないんだろうな、と思うと俯くしかなかった。







次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ