黒猫が泣く

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いつだって、地獄流しをすれば解決する訳じゃない。むしろ逆で、死後地獄に落ちると分かって人生を振り回された人。
大切な友達を目の前で失った人も居る。人の世は、そんな悲しい出来事にあふれていて。
こうやって、「ありがとう、地獄少女。私、頑張るね。」と空を見上げて伝えられるところを見ると、そんな悲しい事を忘れそうになる。
今回の依頼者は、小学生の女の子。これからの長い人生を、あの刻印と共に過ごさなければならないのに。
あの子はとても強くて、私なんかが応援したくなる。彼女は父親を地獄に流した。
父親がリストラされ、家庭は崩壊。母親は、彼女と幼い妹を捨てて出て行ってしまった。
父親の暴力に耐え続けたが、幼い妹を守るために、彼女はこの道を選んだのだ。
悲しむ妹に「大丈夫、お姉ちゃんが居るから。」と優しく声をかけられる。
どうか、2人の未来が明るいものでありますように。せめて、死後地獄に行くまで―
そう願ったのは、きっと私だけでは無いはずだ。
お嬢は、そんな自分を戒めるように「私は正義の味方じゃないわ」と届かぬ言葉を呟いてから、彼女たちに背を向けた。

「帰ろう。」
誰かが呟き、現世から姿を消す。そこは夕暮れの里。私は縁側に座る一目連の側で丸くなる。
夕日に照らされた風が温かくて気持ちいい。ゆらりゆらりとしっぽを揺らし、そこから奏でられる鈴の音にまどろんで。
「来るか?」と膝をトントンとして見せる一目連に「いい、」と顔をそむける。
「今日は俺のこと嫌いなのか?」
「ねこじゃらしで遊ばれてる私見て大笑いしてた。」
そう、私は敢えて妹ちゃんと遊んであげていたのだ。それなのに、一目連がやっぱり猫だ、と指さして笑ったのが不満で。
「悪かったよ、夕葉が可愛くて、つい、ね?」
そうやって、ね、と声をやわらげれば私が許すとでも思っているのだろうか。
「そうやって変な事言う一目連はもっと嫌い。」
「変なこと?……ああ、可愛い、って言ったことか。」
一目連はこんな事誰にだって簡単に言う。それに、この可愛い、はきっと妹に対する家族愛みたいなものなんだ。
それが分かっているはずなのに、私の顔は勝手に熱くなる。こんな感情知りたくなかったから、それを夕日のせいにした。
しばらく背を向けて寝てみるのだけど、見られている気がして落ち着かない。
堪忍してよ、と思いながら、結局恋しくなって、一目連の横にストンと座る。見透かしたように笑って、トントンと太腿を叩く彼に今日は乗ってあげてもよいかな、なんて思いながら。私は結局甘えるんだ。
「(…これは当分動けないな。)」
やっぱり、さっきより心地よくて。またしっぽを揺らすと鈴の音が優しく響く。それに身を任せるように眠りに落ちた。
「お疲れさま、…おやすみ、夕葉。」
まどろみの中でまた、一目連の優しい声が聞こえたような気がする。



いつも、こんな気持ちで居れたらいいのに。地獄に関わる自分が、それを忘れてしまいそうなほど穏やかな時間だった。
「夕葉、行くぞ。」と起こされて、目をこすりながら夢から覚める準備をする。目の前で一目連が「おはよ、」と眉を下げたまま笑った。
「まだ眠い?キスしたら目覚める?」とうさんくさい笑顔を見せられて、思わず平手打ち。
「ひっでー、起こしてあげただけなのに。」と頬をわざとらしく頬をさする一目連。
「気持ち悪くてばっちり目が覚めたのでご心配なく!!!!!」
名前は書き込むがクリックしない、まだ依頼者では無いが気になるので、という事で。その男の子のもとへ向かう。
着くと、一目連の隣に立った輪入道が「おめーさん、その頬どうした」と相変わらず糸目のまま驚く。
骨女が「今度は何やったんだい」とあきれ顔。「いやー…猫にまた嫌われちゃったみたいでサ、」と苦笑する彼を見て、
「(今度肉球パンチ100発くらわせてやる…、)」と報復を考えていた。

今回、様子を見に来た男の子の名前は紅林拓真。小学生の男の子だ。彼は父親と母親の3人暮らしで、ラブリーヒルズというバブル期にできた住宅地に住んでいる。近くには湖があるが、当時はウリだったそれも今は荒んで、水は濁っていた。
目の前に住んでいるのは柿沼という男。毎晩、書き込まれる名前だ。まだ送信はされていないけど。
柿沼は彼の父親の”親友”であると同時に、この家に嫌がらせをしながら、仮面をかぶり、家族3人を元気づけるフリをして「俺も居るし、頑張ろう」と声をかけ続けている。
しかし、母親が嫌がらせに耐えきれず、もうここを引っ越そうかと、父親も真剣に考えているようだった。
柿沼と父親の関係はバブル期に一斉を風靡した脚本家と敏腕プロデューサー。一時期、プロデューサーが海外に渡ったことで、言いなりだった柿沼は仕事を無くし、彼を恨んでいるようだった。
「そして、そんな柿沼を恨んでいる女が居る。彼女は、柿沼との子どもを授かるも流産…、か。」
「全く、歪んだ男だねェ。」
「そもそも、この街自体が何か異様な雰囲気だよね。なんか、希望を失って、…ていうか。」
「まァ、バブルの時に勢いで買った家だ。当時のローンを返すにゃ、今の景気じゃ苦しいのも納得だ。」







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