黒猫が泣く

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蛍ちゃんが「ごめんなさい」と言うと同時に地獄通信の送信ボタンを押す。拓真くんの「やめて!!!」という声が響く中、お嬢が2人の前に現れた。
「いいのね?」と問うお嬢。蛍ちゃんは、拓真くんの存在がある限り終わらないと言う。お嬢が本当に拓真くんのせいなのかと問えば答えは簡単に返ってきた。答えは肯定。お嬢は露わにはしないが、きっと彼の姿を自分と重ねている。
何も悪くないのに、むしろ、その子は誰よりも優しい。自分が傷つけられても、誰かが傷つくことを恐れ、悲しむ。悪いことは自分に返ってくるからと、何をされても、その恨みを晴らそうとはしなかった。
それでも流さなければならない、これが閻魔あいに与えられた罰なのだ。輪入道や一目連はお嬢にいいのかと問う。
私も自分自身の記憶がフラッシュバックして、何度もやめてと泣き叫びそうになった。それでも、息を殺す。
張り裂けそうな重いを、この身に押し込むと、息が苦しくて苦しくて仕方なかった。
それでもお嬢は表面上淡々と責務を果たそうとする。お嬢だって、同じ気持ちのはずなのに。
私と骨女は手を握り、その光景を見つめる。お嬢の言う通り、一目連が藁人形に姿を変える。震える拓真くんの目の前で藁人形の糸が解かれた。

やりきれない思いを語り合う。お嬢の目の前で、お嬢と同じような苦しみを受けるものが居る。
何も悪くないのに、これが運命ってやつなのか、と言っていた時。
幼い声が「流さなかったよ」と無邪気な笑顔を見せた。

「あいは舟を戻しちゃったの。」
無邪気な顔をして言うきくり。皆がお嬢はどこに行ったのか聞くと、きくりはその正体を現した。
「地獄のお偉いさんよォ!!!お嬢はどうなったんだ!!!」
あいは掟を破った、すなわちお嬢とその大切な人たちの魂は永遠に闇を彷徨い苦しみ続けることとなる。
そう告げられて、私達は想いを露わにする。
「あの子一人くらいいいじゃないか!」
「お嬢はずっと、400年の間、仕事を続けてきたんだぞ!」
「どんなに理不尽な依頼だって、心を殺して応えてきた!!どれだけ長く苦しかったか。それでも頑張って来たじゃない!!」
一緒に居た時間は一番短くて、たった150年程度。お嬢が耐えてきた時間はその倍以上ある。
きっと、私が出会ってない頃から、おかしな依頼は沢山あったんだろう。その中の1回。何故それが許されないのか。
「まだ足りねえのかい!一体、何人の怨みを晴らしたら、お嬢を解放してくれるんでい!」
「解放してくれよ!もう十分だろ!」
地獄少女の任務を終えたお嬢は現世に戻されたと告げられ、一目連と骨女が喜ぶ。
「………そうじゃない、」と私が呟けば、連なるように輪入道は苦みをあらわにして呟く。
「今お嬢を現世に戻したら、お嬢の身体には四百年の歳月が一気に……」
一目連はそんなのは可笑しいと、きくり、もとい人面蜘蛛に立ち向かうが跳ね返された。お嬢を見守ってやれ、と告げ人面蜘蛛は姿を消した。

輪入道が車の姿になり、共に空からお嬢を探した。ようやく見つけて、お嬢の前に姿を現すがお嬢は「どいてください。お願いします」と他人行儀だ。お嬢には、私達が分からないのだ、そう気づくまでに時間がかかった。
「これが俺たちへの地獄の沙汰だ。糸は断ち切られた……、後はじっとお嬢を見守る事しかできねェ……」
冷たい雪の降りしきる中、お嬢は身体に鞭打って歩き続ける。私達妖怪はお嬢を守るどころか、支えることさえ出来ない。

幾度となく感じていた。けれど、今程胸が痛む瞬間は無かった。私たちは何て無力なんだろう。
街の人から痛めつけられる拓真くんを庇う。お嬢は街の悪魔に告げる。「やめなさい。目を覚ましなさい。」と。
お嬢が傷つく姿に何度目を覆いたくなった事だろう。そのたびに輪入道に叱咤される。
お嬢は小さく「これで、…終わり、……これで…。」と呟いた。
長い長い苦しみから解き放たれるのだ。
お嬢は私達の目の前で、雪の中に淡い色の花びらを巻き上げて消えてしまった。

それから、刑事さんが録音していたボイスレコーダーのおかげで拓真くんの無実が証明された。
あの子を救う、自分のような悲しい人がもう現れないように。それがお嬢の答えだったんだろう。
拓真くんに罪を被せようとした住民たちは早々に街を去って行った。
ますます荒れて見える団地を見下ろしてから、私たちは夕暮れの里へと帰る。
そこは静かで、お嬢は待っていても帰って来ないのだと実感する。
カラリと回る糸車、いつもそこにいる”おばあちゃん”。輪入道と骨女と一目連。和室に似合わない1つのパソコン。
他は何も変わらないのに、お嬢が居ない。

すると、糸車の音が止まる。”おばあちゃん”が私たちに言った。
「あいがね、ありがとう。って言ってたよ。」

「ありがとう、か。」
「らしくもないね。」
「全くだ。」
「ずるいなァ。」
お嬢、ずるいよ。私達だって、もっとお嬢と同じものを背負いたかったのに。
ありがとう、なんて。救われたのは私達のはずなのに。消えちゃうなんて、ずるい。
私はそれ以外に良い言葉が見つからなかった。

恨み憎しみがあふれる東京の街角。私達は互いに背を向け歩き始める。
「じゃあ行くぜ。」
「アタシも、浮世巡りと洒落込むか。」
「それを言うなら地獄めぐりだろ?」

私は皆の顔が見れなかった。でも、1つだけ聞かせて。
「また、会えるよね…?」
「ああ。あれだけ長い間一緒に居たんだ。」
「アタシらはこれから、何百年ここに居る。いや、永遠に居るんだよ。それだけ長けりゃ、どこに居ても会えるよ。」
「当たり前だろ。家族は離れても家族なんだ。」
後ろからポンと頭に乗せられた温かい手。この手を感じることはしばらくできないかもしれないけれど。
私はもう独りじゃない。私は「うん」とだけ返事をして前を向いて歩きだす。

ざわめく人々の中に埋もれ、そっと空を見上げれば。私なんて見ていない人々が、私を避けて通って行く。
「おかしいな、独りじゃないのに…。」
分かっているはずなのに、空を見上げると涙がこぼれ落ちた―

黒猫は、悲しかった。








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